横浜セクシュアルハラスメント裁判を支える会ニュース  bR

                 1993・6・19発行 横浜セクシュアルハラスメント裁判を支える会事務局



☆ 裁判報告

1993年5月7日 第4回口頭弁論

 原告側は、準備書面(使用者責任に関する主張の補充を内容とするもの)を提出し、書証として「性の脅威」、「女6500人の証言」ほか文献を提出しました。

 今回から裁判所の構成が変わりました、女性の裁判長です。女性の裁判官は珍しくなくなりましたが、女性の裁判長はまだ少ないです。訴訟指揮の様子から、期待できそうな印象を持ちました。

 次回は、いよいよ原告本人尋問です。
 ひとつめの山場です。みなさんぜひ傍聴を。

  次回公判は 7月16日(金)  PM1:30〜3:30

    横浜地裁501号法廷(JR関内駅徒歩10分)



☆ メッセージのコーナー

※ 日本では、SHは被害を受けた女性と加害者との個人的な問題という形で取りあげられているように思いますが、欧米では職場環境の問題として取りあげているようです。SHに限らず、コピー取りでもお茶汲みでもイヤなものはイヤ!というところから始めなければならないと思います。頑張ってください。女が働きやすい職場にするために。  (T)




☆ 青春出版社「BIG TOMORROW」に抗議!

 5月26日の朝日新聞朝刊に、「BIG TOMORROW 157号」の宣伝で、「タブーだからエキサイティング!嫌がっていた彼女がたちまち無抵抗になるオフィスSEX技術指導書」という見出し‥‥‥「SEX技術」とはまさに強姦のすすめ、セクハラのすすめであり、働く女性の人権・人格を無視した内容であると、「性暴力とたたかう女たちのネットワーク'90」の呼びかけで、私たち「支える会」も賛同し、青春出版社へ抗議と会見申し込みに連名しました。

 実際の記事は、見るのもいやになるほどのひどいもので、事務局会議でまわし読みをしましたが、今どきの良識を疑うものです。「人間情報誌」などと名乗っているその姿勢はいかがなものでしょうか。



☆ 投稿コーナー ‥‥‥ドシドシお寄せください。

     会員のTさんより投稿がありました。全文を掲載します

 横浜セクシュアル・ハラスメント裁判を支える会の皆さん、こんにちは。会員のTと申します。今日、支える会ニュースbQを受け取りました。原稿募集とありましたので、拙いながら私の思っていることを書いてみようとワープロに向かっています。

 私はセクシュアル・ハラスメントは、性差別であり、人権侵害だと思っています。加害者は、被害者に対して明らかに性による侮辱的行為をおこなっているにも係わらず、訴えがなされると、まず事実を否定しようとし、否定しきれなくなると、今度は「男なんて子供みたいなものだから、まあそんなに目くじらたてないで、大目にみてくれ」などとハレンチな言い訳を始めます。

 セクシュアル・ハラスメント問題の根本には、この「男の性的衝動は容易には抑制しがたい」という神話が横たわっているという気がします。しかし、本当にそうでしょうか?男とは自らの性衝動を抑え難いほど動物的な生き物なのでしょうか?動物でさえ、メスがその気にならなければ、強引に関係を持とうとはしないのに‥‥‥。

 しかし、多くの男性は、「男というものは女とやりたくてたまらないもの」であり「男の性的欲望は能動的で、男の性欲は男の勲章である」かのように思っているようです。ではこうした思い込みは一体どのように作られていくのか、私は私はその点に非常に興味を感じています。結論からいうと、私はこの思い込みを作りあげているのは、氾濫するマスメディアの力によるところが大きいと思います。テレビのCM、週刊誌、新聞の漫画(サトウサンペイのフジ三太郎はひどかった)、駅で見掛ける水着のポスター‥‥‥揚げていたらきりがありませんが、こうした偏った性情報は、男に「欲情しろ、欲情しろ」と繰り返し訴え掛けます。無批判に日常的にマスメディアに接していれば、男とはもともとそういうものだと思い込んでしまうのも不思議ではないと感じられるほどです。

 男の神話、女の神話(女はやられたがっているという)を再生産しているのは、他でもないマスメディアであり、また一方で、精神医学の分野も長いあいだ男による男に都合のいい領域でしたから、フロイトをはじめとして、学説は女にとって屈辱的、侮蔑的な様相を呈しています。方も男中心世界ですから、くやしいことに多くの女は被害にあっても泣き寝入りせざるを得ない。
 では、神話を覆していくうえで、私たちは今何をすれば良いか、私たちに何ができるかと考えると、一見地味で多大なエネルギーを要する大変な作業ですが、おかしいことはおかしいと1つ1つ反対の声を揚げていくしかありません。

 その反対の声の一つとして、セクシュアル・ハラスメント裁判で勝利する事を私は位置付けています。原告のAさんそして弁護士さんは心身共に測り知れないくらい大変だろうと思います。でも、どうか諦めずに最後まで頑張り続けて下さい。事実を冷静に主張し続ければ、この裁判は必ず勝てると私は信じています。全国の同じ被害に遭っている女性たちに勇気を与え、1つ1つ神話を覆していきましょう。女たちが真にのびやかに、おおらかに生きていける日がくるまで!                                                        (1993・4・12 T・会社員33歳)



☆ Aさんコーナー(今回は長文です)

   「証人は承認・改訂版」

 証人が必要だという。原告の言い分が真実であることを裏付ける証言をする証人が。かつての同僚や関係者に何てって言い出そう、アタシの裁判の証人になってくれだなんて。例えば数年ぶりの中学の同級生からの電話「わぁ懐かしい、元気?」と話が弾む、折しも選挙の真っ最中、彼女はある選挙事務所のメンバーになっていた‥‥‥っていうのと同じくらい、それってやな話だと思う。

 誰も好きこのんで裁判を始めたのではない。他に自分の被害が回復される途が無いというからそうしたのであって。私事だ。されば、なるだけ他人に、迷惑はかけずに行おうと考えるのはまあ普通ではないか。関わり合いになりたくない、会社休んでまで法廷に出たくない、セクハラや女性の権利になんか興味ない、などと思っているのを説き伏せ、あるいは泣き落とし、あの手この手を使って引っ張り出さなければならないわけだ、進んで証言にたってくれる人がいない限り。そして、そんな奇特な人はまずいないのも普通のことなのだ。

 証言の内容は「原告より"原告が部長の猥褻行為を受けて精神的ダメージを被り、会社に救済を求めるも何の措置も取られず、結果退社と相成った"という話を事件発生直後から聞いて知っている」というものである。‥‥‥思い当たるのは3名。電話でグチった友人B子、C子、及び当時のアルバイト学生D君。

 B子は高一の時からの友人で、私の貴重な理解者の一人だった。何でも円くおさめる事を心がける平和主義者だが、私は彼女にしばしば迷惑をかけ、彼女を悲しませるようなことばかりしていた。彼女はそれを「A子の得意技」と表現し、いつもあきらめ顔で許してくれた。しかし、2年前の夏、私が退職と共に提訴の決意を固めたことを話すと、「今まであんたのすることは全て、受け入れられないまでも理解はしてきた。でも、今度だけはどうしてもわかってやれない」といってつながっていたTELを一方的に切った。問答の末に「ツー‥‥‥」という音しかしなくなった受話器をフックに戻すと、再度TELをかけ直す気力もなくなっていた。そのまま現在に至っている。そんな彼女に私は証言を依頼する気にはなれなかった。それは友情の決定的な喪失につながる上に彼女を激怒させかねないからだ。(だが先日私は弁護団と共に彼女を訪ねた。あらかじめ証人として予定していた人物を訪問する直前、その人物が使えないことを弁護団から指摘され、ヤケになった場所が彼女の家の近くだったからだ。幸か不幸か彼女は留守だった。そんな無茶苦茶も昔のままの彼女なら聞いてくれるのではないかという勝手な判断から、私は)

 その晩、こちらも退社以来会っていないD君に私は連絡を試みた。私の弟の確か1コ上で、当時、写真の専門学校に通っていた。飄々としていて、小生意気な奴と誤解される向きもあるが実は大変情に厚いロマンチストで、天体観測にも興味を持つ、少々マニアックな青年だ。彼は私が入社するずっと以前からのアルバイターで、これはあとで彼から聞いたのだが卒業、就職後も1、2度テクネットに顔を出しているということだ。部長が買った頭の良さと器用さで、商品の開発から、施工、地方出張、メンテ、その他雑用何でもこなし、少人数の営業所では殆ど社員と同じレベルで働いていた。社員との個人的な友情も育っていた。

 彼の家のTELナンバーは会社関係の資料の中に残っていた。

 その日彼は、長野県の勤務先から偶然にも休暇で横浜に帰って来ていた事を、私は彼の出先からのTELで聞いた。彼は私も知っている彼の友人宅からわざわざ私の家に電話をかけてくれたのだ。彼は今、私が何をしているのか全く知らなかった。長い間音沙汰の無かった人間が何の魂胆も無しに突然、連絡してくるわけの無い事は容易に想像がつきそうなものだが、山間僻地で研究に没頭していた彼の耳に、横浜の匿名裁判の噂は入っていなかった。「どうしたかなと思ってはいたんだけど」という言葉に気を良くした私は、そろりと証人の話を持ち出した。

 しかしそれは誤りだった。私は忘れていたのだ。彼が、私の知る人間の中でもとりわけ優しい部類に入ることを。受けるにせよ断るにせよ、それは彼の心に少なからぬ負担をかけるであろう事を。そして、彼の返事はきわめて曖昧なものだった。表記文字を使って表すと「証言は、しにくい」となる。

 それ以上食い下がることは、これも又、B子の場合と同じく友情の損壊につながる恐れがある、と私は判断した。

 受話器を置いて時計を眺め、少しためらってから旧式のダイヤルを私は回した。C子の声が無性に聞きたかった。

 C子とはB子より1年遅く出会ったのだが、今はC子より他に失う友はいないとさえ思っている。大手デパガで謎めいた魅力を持つ彼女だが、実は結構ミーハーで、身長、体重、BWHこそ私と大差無いが、私より少々、美人で気が強い。B子去りし後、その占めていた間隙を補って余りあるC子の存在は私にとって何より心強いものであった。私はC子に、D君に証人の話などするのではなかったと激しく訴えた。やがて話の筋を理解したC子は大笑いして「A子のためなら何だってしてあげるよ」と言った。

 ‥‥‥出来る事ならこの愛しい友人を殺風景な法廷になど立たせずに済む事を祈っているが。

 翌日、証人にはC子を使いたいと言う私に弁護団は

◎  ある事によってその人間が傷つくかどうかはその人間自身の問題なので、あることによってその人間が傷つくのではないかと心配をする必要はない

◎  証言をするのは国民の義務であり、証言とは真実を述べることである。

◎  必要とあらば、証人には裁判所から呼び出しをかける事もできる。

◎  そのような事で悩むのなら(はじめから)裁判は起こすべきではない。

◎  もう少し物事は合理的に考えるべきだ。

という見解を示した。「面白い考え方をするわね」と言われたこともあり、私はミソクソじゃないかと大いに憤慨し、その後2、3日はどろどろのヤケクソ状態だった。が、時間の経過と共に頭も冷却され、「その通り、みんなその人の運命なんだから、証人は必要な人を選んでくれていいです」と思うようになった。するとその私のあまりの急激な変化に今度は弁護団が疑問を抱き、

◎  どうしても嫌なものを強制はしない

◎  友情が大切だというならそれも仕方がない

と、その矛先を鈍らせた。だが私のスイッチは弁護団が思うよりずっと早かったのだ。(後日、この思い違いが相互無理解の大きな原因となっている事に気がついたのだが)

 そんなある日、推敲を繰り返す目に1つの文章がとまった。「証言はしにくい」‥‥‥確かに曖昧ではあるがこの言葉、しかし既に明確な意志を示してはいないだろうか。

 どうやら私は証言を頼む事により、彼らに疎まれる事を恐れるという、裁判には無関係の私情に走り、証人を隠匿しようとする暴挙に出るところであったらしい。よく考えてみれば、実は私と彼らの間には、私が思っている程大した友情など無かったかもしれないし(C子曰く、そーかなあ?)例えあったとしても、もうとうにカビが生えてしまっているかもしれない。そんな、今じゃ糞の蓋にもならないモノと大事な裁判を、私は秤にかけようとしたのだ。公正な判断を求めて起った原告にあるまじき事であろう。

 後日これを、出会ってもうすぐ1年になる友人E子に語ると、彼女はこんな意見を聞かせてくれた。「彼等はきっとわかってくれる。証言を断れば、彼等はそのことによって一生心に負債を抱える事になるのだから」と。つまりそれは、私を選ぶか部長を選ぶかではなくて、彼等自身が真実から顔を背けるかどうかなのだから、判断を誤らなければ協力するはずだ、ということらしい。更に彼女は、弁護団はただA子に考え方の合理性を説いたのではなく、人の正義感の問題だという事をわかって欲しかったのではないかと言葉を重ねた。

 この時私は、頭のいい友人を持った幸せをつくづく感じた。物事をよく考えもしないですぐドタマに来る直列つなぎの私にとっては有り難いブレーンである。E子がいてくれてよかった、と帰り道思う私の胸の中は米米クラブの「君がいるだけで」のリフレイン、リフレイン。そしてC子やE子の示してくれる友情にモーレツに感謝する単細胞の私は、いつかそれを失う時そばにいてくれる新たなる冷静な頭脳の必要性をも改めて感じたのだった。

 ここに改訂前の「証人は承認」の差し替え用に書いた「ごねた話」という文がある。実はこの改訂版は、ボツ後10日目の締め切り半日前にして一気にまとめ上げたものなのだ。全く新しいものを書くことは気分的にも出来なかったし、時間もなかった。それに、大量のクレームがついたとはいえ、正直な気持ちを懸命に書いたものを口当たり良く手直しするのも意に添わなかった。それで、今回これで済ましちゃおうと思って「ごねた話」を書いたのだが、やはりそれだけではなんだかさっぱり意味がわからないので、おとなしく手を加えた結果がこれなのである。そのかわり、私のイジケ具合を示すものとして、「ごねた話」だけはこのあとにまるごと載せさせていただく。これにより、法律についてはまるで素人で、ただ自分の怒りだけを信じている原告とプロである弁護団との、お互いの、未知の領域は、様々な意志の疎通を積み重ねることによってだんだん埋まっていくものであり、それは一言で言えるほどに簡単なことではないけれど、決して不可能でもないと言うこと、要するに「結構大変なのよ」と言いたかったのだと感じてもらえれば幸いである。

   「ごねた話」

 「証言をするのは国民の義務であり、証言とは真実を述べることである」‥‥‥この全く新しい知識に驚く脳天気な私は、我が弁護団にとって最大の弱点らしい。

 先日私は「証人は承認」という題の会報用原稿を書き上げた。支援の会事務局の初読の感想は好評だった。しかし弁護団からブーイングが入った。そこであらためて読み返した事務局からも、今度はマズイと思われる箇所が何点か指摘された。結局、数日前まで精魂込めていたその原稿は永遠にプリントアウトされる事無く、ただ作者の未練により、フロッピーの中にその存在を許されるのみとなった。なるほど皆さんに言われて読み返してみれば、クソみたいな文章だ。登場する関係者への配慮は欠け、人からの意見や助言は曲げて解釈し、アタシが法律と言わんばかりの傍若無人なその文字の羅列から原告の苦悩や葛藤を読み取れといっても、それは無理というものだったろう。

 大体、私は物を書くときに、起承転結やらプロットやらシチュエーションやらというものをきちんと考えてから取りかかるようなマネはしない。なぜって、書いているうちにどんどん色々なものが涌いてきて、これも書きたい、あれも書きたい状態になって、結局書き出しのあたりとはまるでつながらない散文の集積になってしまうからだ。

 「証人は承認」もそうだった。書き進む間の気持ちの変化も相まって、約2ヶ月半後の事務局会議で発表するその数時間前まで筆を加え続けなければならないほどの乱筆乱文、かくして出来上がった文章はあまりに過激で、他人さまが読むにはかなりの抵抗アリというシロモノ‥‥‥

 文章を書くのは私の趣味だ。某アルバイト雑誌「FROM A」にはもう六年も投稿を続けている。仕事も友人も一定しない私にとって、その時々の思いが凝結した文章が活字となって残る事こそ、唯一自分の存在の証であるからだ。文章を作るというその極めて個人的な作業の中で、私はいつでも主役だ。気分ひとつでちょっとしたニュアンスからテーマまで変わる。その小宇宙の中で私は自分の敵にも味方にもなる。サドを演じることもマゾに浸ることも、己を省みるのも民衆をアジるのも自由だ。しかし、ひとたびそれがメッセージとして私の手を離れた時、それをジョークだととぼけるわけにはいかなくなるのが現実というものだろう。いくら真意を伝えたかったとはいえ、実在する人物や団体を意識的に非難しているとれるような作り方をすることは許されない。それは言葉の暴力に他ならないからだ。

 今回の「ボツ」に関しては、創作としてもメッセージとしても、あまりに出来が悪過ぎたものと反省する。だが、抹消するに忍びないまでに仕上げてしまった私の罪は、何より自分に対して大きかった。




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