クラブA bV 

                    1994・5・20  発行 横浜セクシュアルハラスメント裁判を支える会事務局



☆ 裁判報告

1994年3月11日 第8回公判

 被告に対する反対尋問の続きが、原告側代理人より約1時間半にわたって行われました。
 1点目は2月19日の行動について。原告は「取材が終了したのは11時50分頃、その後約20分にわたりセクシュアルハラスメントを受けた」と主張。これに対し、彼は「取材の終了は11時40分、彼女に対しては肩を抱いただけ、しかしその後時計を見たら12時だった」という不思議な主張をしました。
 「そうすると、20分間彼女を抱いていたわけですか?」と原告側代理人、彼はしばし沈黙ののち「よく考えてみたら、あとで取材班が戻ってきて写真を撮ったので、帰ったのは11時50分頃でした。」と言い換え、「では10分間抱いていたのですね。」「いえ、肩を一瞬抱いただけです。」この時間の差はどうやって説明するのやら。嘘でももう少し本当らしい嘘にしないと後で困るんじゃないの、と言いたくなるような答弁でした。
 2点目はその後の上司とのやりとりや、原告が退職するまでの経過について。彼の言葉によれば、「同僚から彼女が怒っていると聞き、22日に会って謝罪。その後社長に2度呼び出され、他の社員もいる前で謝罪した。自分としては、十分謝ったと思っていたので、彼女から退職願が出たときは何故だかわからなかった。」とのこと。「肩を抱いただけで社長に2度も呼び出されたことに対し、不服は持たなかったのですか?」との質問には「不服だったけれど、謝って済むならそれでよいと思った。」との答えでした。いくら何でも肩を抱かれただけで(もちろん、それが嫌だったら抗議する権利があると思いますが)社長に直訴したり、退職したりする社員がいるとは思えないし、それだけで部長を呼びつけるような社長がいるとも思えない。ゼネコン汚職にも名を連ねる清水建設の子会社ともなれば、少し変わった体質を持っているのも当然ということになるのでしょうか。
 被告が答弁すればするほど「肩を抱いただけではない事実があった」と思わされた公判でした。
                                          (働くことと性差別を考える三多摩の会・パラソル)

 なお、また裁判官の移動がありました。

 裁判長 栗田健一
 裁判官 川口代志子・末永雅之

  次回の公判  6月10日(金)午前10時30分
      横浜地裁501号法廷にて
      テクネット側証人の「S」氏(主任)の証言
      主尋問、反対尋問各45分の予定




☆ 昨年12月4日、宇都宮のKさんを励ます会の集会で会場から発言されたBさんは、裁判をすることになったと報告されました。

 その後、横浜の公判に傍聴にいらしてくださり、Aさんを励ましていただいています。そのBさんの想いを紹介します。

私は小学校の教師です。校長は私を人権委員として教育委員会に推薦しました。人権推進校への視察の後、皆で食事をし2人だけになると突然セクハラを行いました。優しい人だと信頼していた校長の行為に、ただショック、ショック、それしかありません。
 私はこのショックな事件が、今後職場での私の教育活動にマイナスになるのではと恐れ、何事も無かったかのように平静を装い続けました。それを「誘惑可能な弱さ」と判断されたのか、さらにモーテルに誘われました。
 その頃、私は登校拒否の子供の父親から校長に会いたいと言われ、父親に会うよう校長に頼みましたが、全く無視され、相手にされませんでした。性的サービスを要求するときとは天と地ほど違う対応でした。私はこの校長を徹底的に軽蔑しました。
 私への排斥行為は日増しに凄まじくなっていきました。教務主任を外そうと陰で動いたり、私が望んだ人事を無視したり、イジメをした子の親から指導が厳しいと私が訴えられた時、担任の話も聞かず、全面的にその親の側につきました。子供同士のケンカが校長と担任の争いに発展し1年も熾烈なたたかいが続きました。ついに私は学級担任から外されました。

 私が男だったら、校長はあんな痴漢まがいのセクハラなどしないでしょう。女であるが故にと思うと悔しくて悔しくて、涙が溢れどうする事も出来ませんでした。
 私は、直属の教育委員会に訴えました。ナシノツブテ。さらに上の教育委員会に訴えました。これもやはりナシノツブテ。
 無気力になっていく自分をなんとかせねば。わずかに残った気力をふりしぼるようにして、セクハラのシンポジュウムや人生相談、人権相談へと参加しました。
 天下に私ほど不幸な人間はいない、こう思い詰めた孤独の中で、道を尋ねると親切に教えて下さる方がおり、「こんな私にもこんなに優しさを示して下さる。」と感激し、どんなに嬉しかったことか。

 どこに相談に行っても対応はいつも同じでした。「裁判をしますか?」「裁判をする勇気がありますか?」「裁判は公開制です。その圧力に耐えられますか?」。裁判、さいばん、SAIBAN。
 自分の人生に関係のないことだと思っていました。でもこのまま我慢したら、一生悔しさだけでウジウジと泣いてばかりの教師が続くだろう。そして子供にも親にも同僚にもきらわれ、ついに教師を続けられなくなるだろう。
 尋ね歩いた弁護士の数も十指を必要とするほどでした。「セクハラを受けるのはおまえがバカなんだ。」と罵倒され、「こんな弁護士に誰が負けるか。」と強がりながらも帰りの電車の中で、胃痛で苦しみしゃがみ込む事や、食道を縛られたようになって息もできなくなり、救急車で運ばれたこともありました。そして、やっと理解して下さる弁護士に巡り会えました。
 丁度この頃、山形のマット巻き事件が起きました、教育委員会の、臭いものには蓋、事無かれ主義の主義の対応は、子どもたちにごまかすことを覚えさせたとしか思えない結果になりました。
 弱いものは何を言っても認めてもらえず、この世に生きる資格もないのだと社会から葬り去られたことになります。こんなことが許されるか。今の教育界は腐れきっている。だから子どもの登校拒否や自殺が増え続けるのだ。内部の人間がきちんと発表できる勇気がなければ子どもたちは救えないし、私も救われない。
 セクハラのシンポジュウムや宇都宮・横浜の裁判に参加するうち、手を組み社会にはたらきかけている女たちの逞しい闘いが有ることを知り、勇気づけられました。

 私の裁判はすでに2回終わりました。校長は全面的に否定しています。そして「問題教師だ。担任から外されたから復讐しようとしているのだ。」と焦点をすり替え、ごまかそうとしています。私はセクハラにも我慢に我慢を重ねていたのです。誰にも言えず、たったひとり、胸の中で苦しんでいたのです。もう我慢が出来ません。ついに爆発したという感じです。
 校長の答弁書を読むと子どもも大人も同じだなと思います。1度嘘をつくとその嘘をごまかそ
うと更に嘘の上塗りをしていきます。この裁判はセクハラ裁判・人権裁判であり、教育裁判では
ないのです。でも教育裁判にすりかえようとしているとしか思えません。

 今、文部省は性教育の大切さを唱え始めました。性教育とは異性の人間同士が互いを理解し会い、いたわりあえるような思いやりの人権教育だと言います。
 学校の長たる校長が暗闇にまぎれ痴漢まがいのセクハラを行い、自分の思う通りに行かねば私情を入れて学校運営を行う、その結果部下の人間や子どもがどんなに苦しんでも、知らぬ存ぜぬを押し通す。校長が変われば学校が変わるとも言います。教育者としても絶対私は許せないのです。
 でも、「難しい裁判だ。」と言われます。行政(教育委員会)はまるでセクハラ校長側です。全く頼りになりません。
 私は三権分立とはどういう意味をもつのか、子どもたちに後ろ姿で示して行こうという心境です。

 いま、「働くことと性差別を考える三多摩の会」の方々が温かい手を差しのべはじめて下さっています。励まして下さったり、知識や知恵を与えて下さったり、公判にも来て下さいました。孤独な闘いで、1歩1歩よたよた歩いていた私にとってどんなに心強いかしれません。どんなに感謝してよいか判らないくらいです。
 それに、横浜のAさんや、宇都宮のKさんの不正に大して堂々と立ち向かっていかれる揺るぎ無い姿。周りの支援する会の温かい支えを見ることは、どんなに勇気づけられるかしれません。世の中は動いているのだ。ひとりじゃないのだ。道をつくって下さった先輩がいるのだと思えることはどんなに有り難いかしれません。どんなに立派な本を読んで知識を得ることより、何と言っても「百聞は一見にしかず」の思いでいます。
 こんな私ですが、今後、私への支援も宜しくお願いします。   (1994・5・9 Bより)




☆ 3・6国際女性デー全体会の報告
     3・6女(わたし)がつくる女(わたし)の時代(今)

 3月6日に行われた'94国際女性デー「女がつくる女たちの時代」の全体会での角田由紀子さんの講演の報告を中心にします。
 テーマは、「女の人権−性・労働・家族…」。副題は「セクシュアルハラスメントから見えてきたもの」。
 女性がなぜセクシュアルハラスメントを男性から受けるのか。逆に言えば、「なぜ、男性は女性に大してセクシュアルハラスメントをするのか」がより鮮明になった。
 そして、さまざまな形の性差別の輪が明らかになった。女性を対等な人間・対等な労働者と見ない思想、女性の性的自由を認めていない思想、売買春の公認…。
 強姦者の処罰は、歴史的に夫の権利の侵害者としての処罰であったが、現在もその考えから抜け切れていないし、その顕著な例として、夫婦間の強姦は処罰されていない。強姦が許容
されているということは夫婦間の暴力も容認していることになる。プライベートな関係での女性の人権侵害は、当然公的な場でのそれに及ぶ。
 買春は、女性の性的自由を安いお金で買えるということ。そのマーケットの存在が、女性の性的な侵害がどれほど深刻で人間の尊厳を傷つけるのかを男性にわからなくしている。侵害したら、3万円などと男が自然に考える制度と女は、同居している。
 性的役割分担思想と制度も同様である。女は、「女の仕事」に、男は「男の仕事」に分け、社会全体の仕組みをつくっていく。家庭の家事や育児に低い評価しか与えないのと同様に、女の仕事と分類されると、劣悪な労働条件にする。
 「男らしく」とは、女を支配すること。「女らしく」とは、男に従順であれ、ということ。それを拒む女性が現れた時、男はどうするか。特に男性の多い職場で女性が能力を発揮すると、福岡の事件のように、その女性をやっかいで不愉快な存在とみなし、最終的に排除しようと、卑劣な手段で女性の性的プライバシー、人間の尊厳を侵害していく。
 また、男女の不平等な労働の現実があるが、それを男性は日々みていいると、女の地位は、低くて当然と思ってしまう。性差別の結果に過ぎないものが、不平等を正当化する理由になっている。
 男性は、「女は、働き続けない。責任を持とうとしない。パートなどの周辺労働に集中する」と言う。現実だけを見て、不変の事実のように言う。女性が対等に働き続けることができる条件をつくらないでおいて、女性に家事・育児の責任を全部負わせておいて、「だから女は…」と周辺労働に追いやるのだ。人間には、女も男も生活と労働を両立する権利があるが、長時間労働がそれを阻んでいる。
 私的な場と公的な場は、違う場だが同じ人間が行き来する。私的な場で女と男が対等でないと、公的な場でセクシュアルハラスメントをしたり、女性の労働条件を低くしたりする。
 女性の地位を低くしておき、男性本位の女性観を押し付け、女性を周辺に追いやる輪がさまざまに張りめぐらされている。あらためて恐ろしく巧妙であると思った。そして、もっと恐ろしいのが、その中で女性が無気力になり、その輪を自分の中にも取り込んでしまうこと。女たちがつながることによって、その両方の輪を断ち切っていく必要を強く感じた。


◎ 昭和シェル石油差別賃金の裁判
 この会社に定年まで勤務していたNさんは、定年後、会社が合併した以降の8年間分の正当な賃金との差額分と慰謝料含め約4千万円の支払いを求めて、定年後、3月8日東京地裁に会社を訴えました。この全体会でNさんは、「60歳を過ぎて人生捨てたものではない。注目して協力して下さい」とアピールされた。
 差別の輪を断ち切るためにも、この裁判には、是非勝ってほしい、何らかの支援ができればと思いました。

◎ セクシュアル・ハラスメント防止法をつくろう分科会
 およそ20名の参加で開催されたこの分科会は、女のホットラインのガーデンさんと性暴力と闘う女のネットワーク90(STON'90)のタートルさんが準備してきた。
 まず、タートルさんから昨年10月に発表された労働省の「女子雇用管理とコミュニケーションギャップに関する研究会報告」と東京第二弁護士会の「雇用における性的嫌がらせの防止に関する法律案要項(試案)」をもとに、アメリカ・カナダ・フランス・ECとの比較対照図を説明された。

 次に、ガーデンさんからはこれまでのセクシュアル・ハラスメント裁判事例(職場)とボランティア団体内など、職場にかぎられない分野でのセクハラ事例が紹介され、これまで問題にされてきた職場からもっと広範囲のセクハラを問題にしうる防止法を!という提起を受けて始まった。
 角田由紀子弁護士が関わった出来たてのビデオも上映されて、セクシュアル・ハラスメントの典型が紹介された。
 参加者の自己紹介で、角田さんや、宇都宮のKさん、強姦救援センター、STON'90おんなのユニオン・かながわ、かながわ・女のスペースみずらなどの参加であることが心強い。
 素朴な質問から討論がされた。
 「お茶汲みもセクハラなのでしょうか?」「強姦とお茶汲みは同じでしょうか?」…これって結構シビアな質問だよね。
 ここではともかく「ひとつながりの事」として「女性差別じゃないの」ということに納まった。
 後で考えたんだけど、彼女がそう質問する理由を聞きたかったナー。これって男がよく聞くことでもあるでしょ。だから。

 角田さんからは、セクハラ行為をただちにやめさせるためのアドバイスがあった。それはなんと著作権にまつわる法律の紹介で、盗作だとわかった段階で発行禁止措置や、回収・謝罪文掲載など、即座に対応させることができるのだそうだ。これは版元や製造関係者がたとえ盗作だと知らなくとも実施される。
 更に、オーストラリアでは学園内や、研究所などの分野別の防止法があるとのこと。

 最後に京都大学の矢野教授によるセクシュアル・ハラスメント事件について、関東でも集会をもとうという提案がされ、全員が賛同して終わった。     (P)



◎ Aより3・6カンパのお礼をひとこと


 3・6集会で会場カンパを募っていただき、大変ありがとうございます。支える会に全額寄付させていただきました。3月6日、当日は遅刻をしたうえ、まったくまとまりのない発言で申しわけありませんでした。まあ、笑いがとれたので「いいかな」と本人は納得しています。ということで、でも話すことを考えてきてもあの程度であったろうと‥‥‥。全然反省していない私です。



☆ 4月21日宇都宮裁判報告

 宇都宮は暑い。いつも暑い。今回で私は2度目なのですが、前回は去年8月、快晴の太陽がギラギラ輝く日で(暑くてあたりまえか)、上着をぬいでタンクトップで歩いていたら、駅ビル1Fにたむろっていたヤンキーっぽいにーちゃんたちがいっせいに振り返ったのを覚えています。そして今回もまだ4月だというのに気温24度。雨よりマシだけれども、暑さに弱い私には何よりツラいものがありました。ところで裁判の報告でしたっけね。今回は傍聴が32人ジャストで、全員すんなり入廷できました。クジ運が超悪く、3回のハズレ経験を持つ同行Q女史は大変に喜んでいました。中身は本人尋問の2回目で、被告側がやたらと地図やら写真屋らの証書を提出してきました。ある公園の風景の写った写真を示して「これは○○公園ですか?」と訊ねます。Kさんが「わかりません」と答えると「横に○○公園と書いてあるでしょ」と言います。答えてKさん「書いてありますが、これが○○公園かどうかはわかりません」‥‥‥宇都宮の市街図のコピーを出して「被告らと飲んだ店はどこですか?」と訊ねてきます。「場所ははっきり覚えていません」とKさんが答えると「じゃあ店を出て歩き出した場所は?」と聞いてきます。Kさんは「店の場所がわからないので店を出て歩き出した場所もわかりません」と、キッパリ。「いきなりキスされた」というのを「じゃあ、無理やりではないんですね」とあげあし取りに来たり「キスをされたあと」を「キスをしたあと」に言い換えたりと、なかなかチマチマとした攻撃もカマしてくれましたが、それでこの代理人の方は被告の無実より、何だか自分の××さを証明しているような印象を受けました。(閉廷後のKさんファンの集いでも、みなさんに思いっきり笑われていました)それから、横浜のほうでもそうだったのですが事実関係(キスをした、わいせつ行為を行った)については、原告側が予想していたほどの追求はありませんでした。「やはり真実を語っていることが何より強い、事実だから反論のしようがないのでしょう」とN弁護士は言っていましたが、真実vs嘘のやりとりで、事実が優勢になることを喜ぶあたりまえさが、何だか遠い場所の出来事のように、しらじらしく感じられた私です。(客観的でなくてすみません)
 すみれの会の事務所はなかなか立派です。今ふうのビルの2Fで前身は喫茶店だったという、ちょっと入り組んだ造りの部屋です。窓の外いっぱいに川が見えました。Kさんはやさしい人です。頭の回転が速くて、私がもそもそ話す言葉も勘よく理解してくれます。私たちがおじゃましている間に、ふたりのKさんファンが訪れました。事務所という確かな場所があるのだから、人が集まることはいつでもできるのだけれども、Kさんという人物に魅力がなければ、やはりこうはならないものなのだろうなと強く感じました。
 ところでみなさん、宇都宮の名物って何だかご存じですか?「ギョーザ」が実は有名なのですって。駅前に「ギョーザの像」もあるそうなんです。(帰りに同行K氏らと探したのですが、電車の時間が迫っていたので探しきれませんでした。今度行ったらぜひ見てきたいと思います)それからうさぎやの「チャット」。これが横浜の銘菓、有明の「ハーバー」に負けず劣らず美味。他にネーミングとパッケージのインパクトでは他に類を見ない「日光甚五郎煎餅」など、宇都宮には名物がたくさんあります。それだけでも宇都宮に行く価値はあります。次回はKさんの本人尋問3回目です。気は心、クジにはずれても廊下から彼女を応援しましょう。   (文責・A)




☆ 4・16「矢野元京大教授事件を通してキャンパス・セクシュアル・ハラスメントを考えるシンポジウム」の報告

 昨年、複数の女性からセクシュアル・ハラスメント被害が訴えられ、矢野元教授事件が明らかになった。矢野は京大の東南アジア研究所所長として勤務していたが、研究室の秘書等が次々と辞任・解雇。センター職員有志が真相究明に動き出すや、矢野はセンター所長を辞任。昨年12月、センター勤務の甲野乙子さん(仮名)が「矢野教授から強姦されたあと、数年間にわたり暴行やセクハラを受けた」と、京都弁護士会に人権救済の申し立てを行った。その後矢野は京大教授を辞職。東福寺に1ヶ月ほど入り、今年2月「辞職願無効」と国に京大教授の地位確認訴訟を起こした。そして3月に、小野和子京大教授、四月には井口博弁護士(甲野さんの代理人)をそれぞれ名誉棄損で提訴。また、矢野の「妻」が甲野さんに対して「ハレンチ罪を犯した者の妻と言われて名誉を傷つけられた」と訴訟を起こした。4つの訴訟は東京地裁で起こされているが、京都地裁へ移送を要求している。
 攻防が東京の地に移されたこともあり、東京でも認識を広めたいということで、4月16日、「京大矢野元教授事件を通してキャンパス・セクシュアル・ハラスメントを考えるシンポジウム」が杉並区久我山会館で開かれた。主催は「矢野事件の被害者を支援する会」で、関東の13の女性団体が協賛した。「支援する会」のAさんは、経過説明後、甲野さんのメッセージ「一人きりでないという心強さをこんなに感じたことはありません」を代読した。
 その後、五人のパネリストによるシンポジウムが行われた。井口I弁護士、Fさん(東京・強姦救援センター)、江原由美子さん(都立大教員)、Tさん(劇団・リリスの足)、角田由紀子弁護士。
 井口弁護士は矢野の「妻」の告訴が匿名の甲野さんを実名で暴く効果があることを指摘。Fさんは、被害者にも落ち度があったのでは、とより追いつめていく構造、そしてEさんは、大学の差別的土壌が告発を困難にさせていることを提起した。Tさんは、自身がアメリカの大学でセクハラを受けて傷ついた経験からセクハラ防止策の中身の提起をした。最後に角田弁護士は、「性にからむ事件は次元が低いという意見があるが、性の問題は人間の尊厳の核であり高度な問題。だから人を攻撃するときに性を使うのだと思う。セクハラの背景にある力関係、大学での教授と女子学生ということがセクハラを生み出しまた告発しにくくさせている原因でもあるが、この構造を問い直すことが大切。矢野の妻の提訴で思ったことは夫の自分への人権侵害を許すことが他の女性の人権侵害を許すということ。」と提起した。
 会場から、「筑波大で自分の論文を先輩の名で出された上、それを指摘すると逆にさまざまな誹謗中傷を受けてより傷ついている」との発言があった。彼女は今訴訟中とのこと。
 かつての大学の研究室体制の上下関係の厳しさを思い出し、大学闘争後の反動化が女たちを苦しめ、今キャンパス・セクハラとして女たちの手で告発されているのだなあととても感慨深い思いをしました。大学の不合理性や権力構造を暴き民主化しようとした闘いが今では逆に反動的な構造をつくっているのだろうか。遠い学生時代の記憶を呼び起こしつつ、大学民主化の新しい波が女たちの手で開始されている、ということに「時代」を改めて感じました。
 そしてまた、職場のセクハラを問題にした闘いが、大学にも波及していることの可能性をみて女たちの運動の広がりを実感しました。改めて感じたことは、二次的被害を避けるために、匿名性を守ることはとても重要だということです。ぜひ甲野乙子さんの匿名性を維持して、矢野の逆襲を跳ね返していきたいと強く思いました。



☆ セクシュアルハラスメントの被害者を支える団体へクラブAとして加入いたしました

 連合滋賀のセクシュアルハラスメントの被害者Aさんを支える会と矢野事件の被害者を支える会に参加します。「セクシュアルハラスメント」としてひとからげにされてはいますが、それぞれの原告の立場の違いや相手の大きさ、勢力などでは、どちらも横浜をはるかにしのぐスケールと話題性を持っています。失えないものをたくさん抱えている彼女たち。初めてその内容を聞いたときは、胸を締めつけられるような思いがして息苦しさをおぼえたほどです。提訴から3年が経過しようとしている私の中に、風化したように眠っていた怒りと悔しさが墨のように広がっていく感覚が、冷たく、指の先まで感じられました。どんな思いで日々を過ごしたか。去来するもろもろの恐怖や後悔、被害妄想に絡め取られそうになりながら、何を支えに生きてきたか。私が通り過ぎてきた道を、全く同じではないけれども彼女たちはこれから辿ろうとしているのです。なんて悲しいことなのでしょう。いやというほどの不幸をもう十分味わってきたのに、この上まだ、自分の身を切るような思いで重ねていかなければならない。行き着く先に希望が待っている保証はないのに。それでも彼女たちは自らの意志でそれを選んだのです。そうしなければいられなかった彼女たちの生が、どうか、救われますように、何に対してか祈らずにはいられない、私です。

 少し話させて下さい。私の恐怖も、怒りも、悔しさも、決して薄れたわけではありません。普段それを大上段に振りかざしたりしないのは、人の生き方として普通にあたりまえのことでしょう。平気な顔をして多少のワイ談に理解を示したからといって、全く何も感じていないわけではないのです。セクシュアルハラスメント裁判の原告ならば、全ての性的な言動に神経を尖らせていなければなりませんか?係争中の身であれば、常に深刻な顔をしていなければなりませんか?悲壮感を漂わせて、悲しげに、つらそうにしていなければ、女性らしさを感じられませんか?本当に大変な思いをしてきたことがわかりにくいですか。‥‥‥そのようにしかとれない人たちに、理解などしていただきたくはありません。こちらから願い下げです。ですから、どう思って下さっても結構ですから、「そんなにつらそうじゃないじゃん」なんて軽く言うのだけはやめてくれませんか。思うのは、勝手ですから。
                                    (すみません、最近そういう意見を耳にしたもので 文責・A)




☆ セクシュアルハラスメント防止法学習会(第2回)の報告
     〜2月16日 みずら事務所にて 参加者3人〜

@ 労働働省のパンフレット、A 都内の企業のセクシュアルハラスメント労使協定、B 第二東京弁護士会が提案している法案を検討して学習することになっていた。が、@は資料が整わず、Aは、まだできていない(来年度に予算化されているとのこと)ので、Bを中心に内容を検討した。その中で出てきた意見が、「加害者への罰則規定があるのはよい」「救済機関の特別委員会とはどういう機関か。男女各1名ずつ入ることになっているが、どういう人が選任されるのか」「申し立てから最大6ヶ月もかかるのか」「労働の分野のみに限定しているがもっと広い範囲に適用できないか」など話し合った。また、「法案は議員立法の形をとるのか」「法制化するにはかなり運動が必要だろう」など、手続きや運動の話にもなった。
 ガイドライン(概念の整理)は出されたが問題はその後。行政は、当面啓発活動に限り力を入れる?模様である。行政にどう取り組ませるか、女性団体が労働省と交渉できればよいと思う。また、防止のために法制化はぜひ必要。より深く?学習するために3・8国際女性デーの分科会に参加しようということになった。



☆ Aさんコーナー

   「コール」

 「さみしいときは外に出ないでひとりでうちにいたほうがいい」昔の友人の言葉だ。当たっているかもしれなくてずっと覚えている。先日、半年守ってきた売場を手放すことになり、午後の仕事をバックレた。家に戻っても家人は留守で、ひとりアルコールの缶を開けた。迷ったが通話ボタンを押した。最近知り合った友人のTELナンバーを続けてプッシュした。‥‥‥今日は仕事だと家の人が出て言った。そのまま缶をかたむけた。ふいに目の前のTELが鳴った。私は普段、家の電話には出ないので躊躇したが、そんな気がしたのだろうか。友人だった。今帰宅したところだという。
 コール。500キロの距離をものともせず伝え合う気持ちを運ぶこともできれば、留守電にも入らず空しく鳴り続けるものもある。もし私専用の回線が設けられたならば。きっととめどがなくなるだろう。自分で自分が手に負えなくなるのがわかる。
 ところで、私が好きなのは何も米米クラブだけではない。実は安全地帯もそうだったりする。その玉置浩二のソロで「コール」という曲がある.FMで一度聞いて忘れられなくなりCDを買った。
 「いま 叫ぶから 声が聞こえたら すぐ ここへ来てほしい」
 「いま そばにいて 他の誰でもだめさ 君じゃなきゃだめさ」
私には君じゃなきゃだめだというような存在はいない。いつか手に入れたいとは思っているけれど今のところ、いない。何かねえ、何かあったりしたとき、そんな存在があればと思ったりする。別にそれは誰でも構わない。今までの私はそう、そんなとき会報bRにも登場した「BWHこそ大して違わないが、私より少々、美人で気が強い」友人なんぞに電話をかけ、「あのね、あのね攻撃」を食らわせて自分のウップンを晴らしていたのだけれど。
 ‥‥‥グチを言わないですむ方法。そこにそうしていてくれれば、何だかそれだけで別に、会社の従業員休憩所でみんなでグチャグチャ言っていたことなどどうでもよくなって。人の悪口を言うときの自分の心の醜さが恥ずかしくなって。そんなことを話すのが無駄に思えて。もうそれより今、そうして共有している時間を大事に使いたい気分になって。そんな効果を「ここへ来て、そばにいて」ほしい人に期待したいな。
 先日の弁護団との打ち合わせの際、弁護団のひとりが、私が支持される理由としてこんなことを言った。「あなたは助けてもらおうと思っていないからよ」するともうひとりが「‥‥‥私はぶっとんでるからだと思うんだけど」三人目「そうね、それもあるわね」‥‥‥あとのふたりの言い分はともかくとして、いるのですってそういう人が、結構。いろいろな事柄で助けを求めて相談窓口を訪れる人たちの中に。「助けてほしい」のか、それとも「助かりたい」のかと訊ねたらどんな答えが返ってくるでしょう。勘違いしているのですって。「助けてもらえる、助けてもらって当然」と思っているのですって。一種、あたりまえのような気もするけれどもねえ、そういうときって。淋しくて、悲しくて、ひとりでどうにもできなくてすがってくるのだから。そこで話して相談に乗ってもらって「よし、じゃあこうしよう」って現実に対処する方法を見つけるまで、そんな状態でもしょうがないわよね。いつまでもそのままでいては困るというだけで。
 誰だってラクはしたいのです。私だって仕事も裁判もみんな放り出して、支えてくれそうな大樹に寄りかかりたいと思うもの。みっともないから、きれいじゃあないから、なるべく泣かないようにしているけれど、安心できるところで思い切り泣きたかったりするのですよ、鼻かみながら。
 ところがですねえ、やはりというか、先日、誤解をされたのですよ。人を、紹介されたのですが。‥‥‥あとで本人から聞き出したのですが、私がね、とっても強そうな女性に感じられたのですって。会うたびに目に見えてその印象は薄れつつあるとは言っていたけれど。
 知らない人はどうしてもそう思うのですね。私ほど四六時中、コールサインを発している人間はいないはずなのに。



《 編集後記 》

 お茶汲みもセク・ハラもない今の職場なのだけれど、仕事に追われ続けるのが、難点‥‥‥。というわけで、支える会にもずいぶんとごぶさたしてしまいました。(とんがらし)

 みんなひかえ目だから、あたしゃこんなまんなかに書くハメになった。Q子の食いたしんボメ。楽しいのは食いもんだけじゃないということは、それぞれあるが、これからそんなこともおしゃべりしたいネ!(P)

 職場の左隣の席の男がイヤでイヤでたまらなーい!!なるべく左を向かないように仕事をしているので3時過ぎになると首がコリコリになる今日この頃です。(こぐま)

 みずらに来るとお菓子が沢山。今日は"入管"がくれたケーキを食べた。Pちゃんの店で食事を食べ、デザートにケーキ‥‥‥クラブAの作業はたのしい!!(Q)

 色々なことが次から次へと起きてきて、何も解決しないまま積み重なっていく毎日だけれども、全ては運命ではなく、自分のやってきた結果であると思うと、何も文句が言えなくなってしまう。(A)




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