クラブA bP3 

                   1995・4・25  発行 横浜セクシュアルハラスメント裁判を支える会事務局



1  原告の請求をいずれも棄却する

2  訴訟費用は全て原告の負担とする



                     
3月24日、鈴木敏之裁判長はこう言った。



☆ 事実認定の裏側にあるもの

 1995年3月24日は、もしかしたら、原告Aさんの人生で2番目に最悪の日だったのかもしれません。原告Aさんの無念な思いを想像すると本当に辛いばかりです。でも、原告Aさんは、いま1人で無念な思いにその胸を塞がれているのではありません。多くの女性が、原告Aさんの痛みを共有してくれているように思います。それは、この判決で突きつけられた問題が、行為によるセクシュアル・ハラスメントには常につきまとう問題、すなわち、密室での被害の立証という問題、そしてさらに単なる立証の問題ではなく、事実認定の裏側にある価値観の問題(事実認定にあたって、セクシュアル・ハラスメントの構造に対する理解を欠くことができないこと)であるからだと思います。
 判決で、裁判所は被告主張の「事実」を認定したのです。すなわち、テレビの取材の後気分が高揚し思わず原告の肩を抱きしめただけだったが、被告Kは再三謝罪した、という「事実」を。
 裁判所は、事件の当日相談された同僚が「おおごと」だと感じ取ったことなど、重要な証言を無視して、事実を認定しています。
 裁判所が、原告の主張を認めなかった理由の第1は、強制猥褻行為のような攻撃を受けた場合に冷静な思考を採ることはほとんど不可能であるはずである、だから、下手に騒いでよけいに煽り立てるようなことになっても困るとか、上司である被告Kに対する尊敬の気持ちもあったなど、冷静な思考をして逃げなかったというのは、「納得し難い」のであると裁判所が考えたということでした。
 セクシュアル・ハラスメントは、職場の人間関係、上下関係を背景として行われます。加害者と無関係な場合とは違って、被害を受けた女性の頭の中にはそのとき、その絡み合った職場関係が瞬時に描き出され、逃げられない状況が出現するということを私は容易に想像できますし、納得もできます。しかし、それを「納得し難い」と考える人がいることも、知らないわけではありません。ただ、裁判所にこれほどまでにセクシュアル・ハラスメントの構造を理解してもらえていなかったとは、思っていませんでした。
 わからないから認めるのか、わかるまで説得するのか、原告と弁護団は後者を選びました。
どうぞ、東京高等裁判所に来て下さい。    (弁護士・渡辺智子)




☆ 不当判決報告会

 判決後、近くの中華街に隣接するホテルの2Fで報告会を行いました。
 参加者18名(弁護団と原告を除く)。まず、弁護団から判決文の説明を受けました。
 原告が事件の渦中「冷静」であったことと、「一貫性」がないということ、事件は「軽微」なことであったとの横浜地裁の認識。被告への過剰ともいえる感情移入、原告の主張には毛一筋もの傾聴を示すことのない判決文が報告されました。
 この間、報告される箇所ごとに文句を言いたい衝動を無理矢理押し殺していたと思われる参加者から、自己紹介も兼ねて判決についての感想が出されました。

 「判決を聞いたとき、一瞬顔がこわばった。気持ちを早く切り替えて今後に臨みたい。」

 「福岡裁判の成果の上に立てなかったので残念。今後一緒に詰めて攻めて行きたい。」

 「一分の判決。しかも敗訴で2度びっくり。」

 「あまりのことにがっくり。被害者の心情が判っていない。この判決文は明治大正文学全集。横浜の恥。」

 「悔しいっていう実感。これでは強姦も立証できない。密室でのことを立証せよと迫られる、この壁をなんとか突破したい。」

 「意外な判決。女をなめているとしか思えない。私は原告Aさんの言っている事実を信じている。福岡判決はうれしかった。性的自己決定権の問題としても原告の意向に沿って協力していきたい。」

 「米国で勝訴したのは80年代。それまで敗訴が続いてきたのだと思う。だからいつかは勝訴するのだと思っている。それまでがんばっていきたい。」

 「不当判決にびっくり。被害者の行動パターンについての証明が必要。職場の力関係が無視され、開いた口がふさがらない。」

 「私もセクシュアル・ハラスメントの被害者。裁判を起こそうとしています。加害者は抵抗できないことを見越してやってくる。こんな判決に、日本の未来はないという気持ちです。」

 「最悪の場合でも原告の主張を少しは取り上げると思っていたのに‥‥‥。いくら仕事ができても人格に問題がある人はいるのであって、仕事ができればその人格まで認めるというのはおかしい。」

 「機関誌(「クラブA」12号)を読んで思う。これでは事件から退職に至る経過や理由がよくわからない。男対女の図式でやるのははっきり言って時代遅れ。男性に理解されるように働きかけることが重要。」

 「自分の裁判と重ね合わせて、今日の判決は辛かった。大声を出せなかったのは私も同じ。」

 「抵抗したら訴えを認めてやるという判決。これには抵抗できない構造を理解しようとしない男の気持ちが見える。」

 「裁判所は本当に女に冷たいなあと思う。仲間がもっと傍聴に来ていると思っていたけれど、これからもあるので誘って行きたい。」

 「宇都宮から来ました。この判決には女なんだから(我慢しろ)という一貫性を感じる。」

 「宇都宮のKさんに判決を一報した。『Aさんがんばって』と伝えてほしいとのこと。怒りを通り越してバカにしたくなる判決文だ。裁判官の善し悪しで判決が変わっては日本はダメ。ここまでひどいとは。」

 「横浜地裁のひどさを実感。これからあらためてやっていきたい。」

 「被告側証人が『おおごと』と感じ取ったという証言もあり、食hばのセクシュアル・ハラスメントの典型的なケースで、立証しやすいと思っていたのに意外だ。この判決には何か政治的な反撃の臭いすら感じる。」


 原告から「ここは鶴の間ですよね(会場ははからずも披露宴会場に使われるきらびやかな所になってしまったのでした。金屏風なんぞもあったりして)伊藤みどりさんが金メダルをとれなくてごめんなさいと言ったのをテレビで見て、なんで謝るの?と思った。反省というんじゃなくて、これからいろいろなところからアプローチしていこうということでいいんじゃないのかなー。」
 弁護団からは「福岡判決で、いわば日本はアメリカの80年代を手に入れたと思ったのだと思うし、これを前提として認識してきたのだと思う。やはり現実というものを痛感している。」「福岡判決をよく読むと、ふたりきりのときのことは取り上げてくれてはいない。この点を考えるとありうる判決なんだとは思いましたが、これほどとはね。でもこの判決なら控訴していきやすいともいえます。」「この判決で原告は大嘘つきということになるのですから、とても辛いことと思います。ましてやこれからの人にとっても重大な打撃ですので、なんとか控訴して勝っていきたい。」
 この後、それぞれ今後の控訴に向けた意見が出され、(これが結構な内容でして、)なかなか充実した報告会でありました。   (P)



☆ 横浜判決に寄せて

◎ 男にとってまことに喜ばしい
 3月24日、私ども男にとって、まことに喜ばしい判決が下されました。横浜地裁民事部での出来事です。
 いったい、いつごろからセクハラなどという、うっとおしい言葉が巷に喧伝されるようになったものやら。福岡の裁判でも、この言葉こそ使わなかったものの、女性であることによる嫌がらせを受けたという女が、一応勝訴したということは聞いておりました。それに勢いをえたものやら、あちこちで裁判を起こしたり、会社と直談判なんぞする女どもが増えてきている様子に、苦々しく思っていたものです。しかし、この判決で、ないがしろになっていた男の沽券がようやくよみがえったようで、胸をひとなでしております。
 判決内容は、まことにすばらしいもので、被告とされた哀れな男の心情を心憎いまでによく汲み取り、まるで見てきたように被告の心理や状況を描写し、一方、若い女のくせに裁判まで起こすようなアバズレなど、しょせん得体のしれない宇宙人ですから、言っていることなんてわかるわきゃーありませんから、はなから相手にしないという、裁判官のご立派な人格のにじみ出るものです。
 これなら、後から知らぬ存ぜぬとしらを切る度胸さえあれば、なんでもやり放題、まことにありがたいことですな、ご同輩。(スモール・ストーン)
(スモール・ストーンさんは今回の判決を「まともに怒る以上にバカにしてやりたいもの」としてこのような原稿を寄せてくれました。セクハラ男共にとってまさにセクハラ奨励判決だといいたいのでしょう。P)

◎ 何だったのでしょうか
 先日の横浜裁判の判決は、何だったのでしょうか。
 結局のところは、目撃者のいない事件だけに、確固たる証拠(物質的な証明)がない限りは、黒にならないということなのでしょうか。
 原告は一生懸命立証しようとしても、被告が知らぬ存ぜぬと逃げまくれば、何とでもなってしまうということなのでしょうか。
 あの判決で救われたのは、社会のセクハラ大好き人間だけではないでしょうか。
 法律とはなんぞや、とつくづく考えさせられました。(宇都宮・K)

◎ 女はどうすれば良いんだ!
 生まれて初めて判決を聞いた。余りにもあっけない「棄却」の2字。判決とは、敗訴とはこんなに辛いものなのだろうか。今、校長を相手どってセクハラ裁判を起こしている私は、横浜のAさんへのこの辛い判決を人ごととして聞き流す事はできない。自分がこの判決を下されたとしか思えない心境になってくる。
 Aさんを初めて知ったのは、私がセクハラを受け、泣いて泣いて泣き崩れて、やっと裁判に立ち上がりかけた頃、実名裁判を起こしているKさんの一周年記念集会に出かけたときだった。舞台の上でKさんを支援するAさんの姿は、若いのに堂々として見えた。その後、全部は行けなかったが時間をやりくりしてはAさんの裁判の傍聴に出かけた。Aさんや支援団体の方々も私の裁判の傍聴に来てくださった。私の反対尋問の時、被告弁護士がまるで検事のように尋問をしてきた。あの噛み付くような弁護士の顔が被告校長の顔にダブって見えた。(あんなワイセツ行為をしておきながら、検事まがいの尋問をする資格があるか)私は法廷で、大声でわめいてしまった。
 法廷では冷静でいようと臨んだのに、そんな未熟な自分がやりきれずに落ち込んだ。その夜、Aさんに電話した。やはり原告は原告でないとわかってもらえない、そんな思いがAさんに引かれていったのだと思う。
 「いいんだよ、あれだけの事をされて、あれだけ弁護士から言われたら、誰だって言い返したくなるよ。そんなのあたりまえだよ。私だってそうだったんだから」と慰めてくれた。そうか…、そうよね。どん底の中から随分引き上げられた思いがした。
 横浜裁判で証人Sはワイセツ行為を受けた後のAさんの訴えを聞いて「これは大変なことが起こったと思いました」と当時を振り返って言った。周りの人間もAさんを苦しめる事実が起こったことを認めている。でも裁判官には、女の苦しみは届かなかった。
 黙っていれば「事実はなかったのではないか」と言い、公開すればするで「冷静すぎる」という。女はどうすれば良いんだと言いたい。新しい社会を作るって何て難しいのだろう。でも、社会を変えていく、新しい道を造っていく人間は、どういう歩みが良いのか過去を振り返りながら切り開いていかなければならない。横浜のAさん、弁護団、支援者なら出来る。もう一度頑張って欲しいと願わずにいられない。(八王子裁判原告・A子)

◎ 原告の意向に添って
 判決に遅れて行ったので、報告集会の時に隣のひとに聞いたら「棄却」の2文字にびっくりしました。
 その判決文を聞いて、事実として存在したことを、全くなかったことのように裁判所が認定したのに2度びっくりしました。
 セクシュアル・ハラスメントは密室状態で行われることが多いわけで、加害者がやっていないといったら事実がなかったことになってしまうなんて!!
 こんな判決しか出せない裁判官は、すぐに辞めていただきたい気持ちです。こんな裁判官がいるから、セクシュアル・ハラスメントがなくならないのです。私から言わせてもらえば、このような裁判官は、加害者の間接的な共犯者ではないでしょうか?!
 いくら裁判官がセクシュアル・ハラスメントがなかったといっても、私や多くの女たちはAさんの言った事実を信じています。
 こんなバカな裁判官を相手にするのもイヤダと思ってしまいます。
 一番憤りを感じるのは、このような判決を出された被害者のAさんや代理人の弁護団や支える会の女たちのやる気をなくさせられたり、生きる気力を失わさせられたり、信頼感をなくさせられたりすることです。
 いつもこのように女たちは、自分らしく意欲を持って行きようとする力や、一生懸命やろうとする気持ちを奪われてきたように感じるのは私だけでしょうか?
 当然謝罪があり、勝訴して今までの努力が多少なりとも報われて当たり前のはずだったのに、とんでもない判決が出てしまい、がっかりさせられてしまいます。
 心ある読者の方々のあたたかい励ましや援助・協力・支援のお言葉を心よりお待ちしています。(T)

◎ まさか、ここまでひどいとは!
 「原告敗訴。裁判費用は、全て原告の負担とする」確か、このような内容の判決文だったように思う。和解の時の裁判長の対応の話を聞いて判決内容は、期待できないのでは…という危惧もあったが、血も涙もない一言には唖然とした。報告会で、N弁護士から判決理由が読み上げられたが、それを聞いて、また驚いた。まさか、これほどまでにひどいとは…。セクシュアル・ハラスメントがなんたるかまるでわかっていない。
 20分にもわたり、このような猥褻行為を受けながら、悲鳴をあげたり外に助けを求めたりしなかったのは、不自然である。部屋には鍵もかかっていなかったのだから。通常の女性であれば、当然冷静ではいられず、そのような行為をとるはずである。原告の行動や証言は矛盾している」というのである。なんたる判決!!
 通常の女性であればってあんた!女性になったことあるの?こういう被害にあったことあるのか?勝手に決めるな!と声を大にして言いたい。
 職場のセクシュアル・ハラスメントは、上司と部下などの力関係を利用して行われる。道端であった痴漢とは違うのだ。痴漢にだって声を上げるのは、すごく勇気がいるというのに。そんなことも知らないのだろうか。勉強不足・感性の鈍さには呆れる。それとも、原告を勝たせると後が恐いのか。私は裁判官は(事件当日)「なにがしか」はあったと考えていると思う。だけど、それを認める決断力も勇気も持ち合わせていないのだろう。良心の痛みもないのか。自己保身か。
 呆れるばかりだ。
 こんな判決を許したら、男はやりたい放題!!誰も見ていなければ何をやっても許されることになってしまう。とんでもない!!のである。(こぐま)

◎ 男たちの逆襲?!
 判決を聞いたとき、エーッと一瞬驚いてしまった。続いて起こった怒りは、「これ以上どう立証せいというのか」ということだ。被告側証人Sですら2月19日の件については「おおごとだ」と思ったと率直に証言したし、少なくとも2月19日の件は事実として明らかにされたと思っていたので、とっても納得できない。
 被告側代理人は出席せず…原告側はよもや完敗するとは予想せず、被告側は負けるかもしれないと覚悟していた状況に対して鈴木裁判長は「原告の負け」と宣言した。
 それってどういうことなの???
 改めて判決文を読んで、判決から約1ヶ月たって思うことは、これはきわめて政治的な男たちの逆襲ではないかということ。福岡判決を受けた女たちの攻勢に対して反動的な法曹界の反撃なのかもしれない。とすれば、控訴審は心してかからねばならない。裁判闘争の組立て方、運動の作り方に私たちの甘さがあったかもしれないと思う。セクシュアル・ハラスメントとはどういうことか、問題にしにくい構造や背景や、セク・ハラを受けたときの被害者の心理や感情などについての中身がまだまだ理解されていない状況を変えていく作業も必要とされているのかもしれない。
 「原告主張のような猥褻行為を受けたならば必死で抵抗するはずだ、20分間も無抵抗(腕で払ったりして避けようとしたが、振り切って逃げようとはしなかった)出会ったとは信じがたい…」との判断は強姦裁判の被害者の落ち度論や抵抗の度合い論に通じるものであろう。
 控訴審は絶対に勝ちたい。そのためには女たちが手をつないで陣形を固めねばと決意を新たにしている。(Q)

◎ どっぷり漬かる覚悟です
 判決後、原告及びT弁護士となぜか3人で飲むことが2日間つづいた。その後、原告とは何かと飲んでいる。
 4月8日、宇都宮裁判の弁護団会議に横浜の原告の金魚のフンとして行ったりして、なかなかアルコールの絶えない日々であった。4月11日の事務局会議は、原告の辛さとやるせなさに直撃され、一体どうしたものか、なぐさめの言葉すら空々しく思え、ちょっと冷たいオバサンになってしまった。この2年と8ヶ月で恋愛の顛末を全てに重ね合わせる原告の脈絡にようやく慣れたとはいえ、死んでもわからないと思われる鈴木裁判長の出した、あの忌まわしい判決には、苦々しいし、影響を考えると私だって辛いものがあるのだよ。(この際、男のことは置いておくとしても)
 底知れない孤立感や寂しさを埋めることの本丸に近づきたい想いはあるけれど、今はその外堀を埋めることも不十分にしかできていません。それでも私と原告との素敵な関係はあるのだと思っていたいの、ダヨネ。
 勝利のあかつきには死ぬほど飲んだくれようネ、ということで腐れ縁にどっぷりつかる覚悟です。(P)

◎ 職場における力関係を理解してもらうのは、遠い道のりなのかと悔しい…。
 判決のあった日、私は機関誌の編集の仕事に忙殺されていて、裁判所に行けませんでした。5月号の入稿と4月号の発送準備に追いまくられつつ、前任者(♀)との緊張関係がまだ続いていたのです。
 原告Aさんの言い分が信用できないとする裁判所は、彼女の対応が冷静であったからと言っているらしい。強姦裁判の問題点と同じだと思った。
 去年、女だけの職場という点では天国のところから、体を壊しかけて転職し、男もいる職場に移った私は、またしても自分の湯飲みやカップを洗わない(洗えないのではない)しょうもない男たちに悩まされ、はたまた「要注意人物X」にまで悩まされることとなった。このXは結婚したがっていて、相手をわずか十数人しかいない職場で「調達」しようと、様々な事件を起こしているらしい。
 私も危ないと同時期に入った同僚に言われる始末…。仮にこいつらから嫌がらせを受けた場合、仕事がら職場のみんなから情報を集めて機関誌を作る私は、抵抗するのにたいへんな思いをするだろう。
 どうして、こうした力関係が、裁判官にはわからないのだろう。これをなんとかしてもらわないと私の未来も明るくない。(とんがらし)

◎ いずれ勝利は
 福岡の判決を聞いたのも、思えば春だった。あれは1992年だったから、今から3年前の春だった。福岡は思いの外寒くて、よく晴れた朝、身の引き締まる思いで裁判所に向かった。歴史的な勝訴判決。帰路は夕刊を買い集め、美酒に酔いつつ繰り返し判決文を読んだ。その時の判決は「被告は原告に金165万円及びうち金150万円に対する・(以下利息の額についての説明)‥‥‥ムニャムニャ」というもので、裁判に馴染みの少なかった私は、勝ったのか負けたのかよく判らなかったりした。
 3年後に聞いたこの判決は残念ながら明快で、さすがの私にもよく判った。「原告の請求をいずれも棄却する」の一言だったのだから。その後の集まりで判決文を読んでもらい、もっとおどろいた。「20分もの間、原告が被告のなすがままにされていたこと自体、考えがたい」というのが判決の理由になっている。強姦事件で、「本当にいやなら(死ぬ覚悟で)抵抗するはずだ」という理論と全く同じだったからだ。職場の上下関係ゆえに、意に反する性的働きかけを拒否できないのが、セクシュアルハラスメントの構造なのだという、今では労働省でさえ定義している、その概念そのものが否定されてしまった。歴史が逆戻りした、と私は思った。まあ、反動化の動きのひとつやふたつ、あっても仕方がないか、とおおように構えることにしようか。いずれ勝利は私たちの手に。元気出そうね、Aさん!(働くことと性差別を考える三多摩の会・パラソル)

◎ 横浜不当判決をぶっとばせ!(大阪の「セクシュアル・ハラスメントと斗う労働組合ぱあぷる」から)

 ・ 流れに逆らった許せない判決!許さなーい!!(M)

 ・ こんな判決出してもらったら困る。ホント。(あ)

 ・ なんちゅうひどい判決やっ ぜ〜ったいゆる・さん!!まけへんでっつ!!(彦)

 ・ おっさんの思ったとおりのていこうして、泣いてすがって助けを求めないと、被害者じぁない!ちゅーわけやね!自己主張する女に対するけんお感まんさいの判決だー!しばいたる!(ピーチ)

 ・ 時代に逆行するってこいつのことよね。ホンマに、女をなめとんのか!ドツイたりたいわ。(点)

 ・ 絶対許されへーんっっ!(し)

 ・ もっと女性の心理を学んでほしいよね。思いこみはやめて!!(弥)

 ・ 裁判官の"男"としての偏見に満ち満ちた判決だ!でも、私たちは逆風に負けない!(み)

 ・ 裁判官が偏見もってるのがすごーく悔しい。こんなん絶対おかしいよ!Aさんショックやったと思うけど、しんどいと思うけど、がんばってきた思いはみんなもわかってる… いつかきっとひっくりかえせるって私は思うねん。自分の気持ちを大事にしていこうよ…(と)

 ・ 許せない!怒り100倍!斗うぞ!(は)

 ・ ホンマに信じられない判決… おっさん思いこみをまちがいだ!と教えてあげないといけないなんて…疲れるね。不当だ、不当すぎる〜(す)

 ・ 「被害者神話」って結構根深い!つきくずすために共にガンバルワ(ク)

 ・ 「それゆけ女たち」に判決の不当性を書いてやるゾッ(ヨ)




☆ 障害者A子さんの裁判を報告します

 昨年3月、A子さんはレントゲン技師にセクシュアル・ハラスメントを受け、今年4月18日には、朝10時半から午後4時40分までの長時間にわたる審理がされ、A子さんの勝訴が確信できるほどでした。
 次回の公判はなんと!判決です。傍聴を!!ヨロシク!

  次回の公判  5月16日(火)午後1時15分
           東京地裁 627号法廷にて



☆ ごあんない

◎ 今回の判決文をお求めの方は、送料と200円のカンパをお寄せ下されば、送付させていただきます。

◎ 性暴力を許さない女の会とセクシュアル・ハラスメントと斗う労働組合ぱあぷるが、93年11月より実施した「STOP痴漢アンケート」の結果が、立派な報告集になりました。1部1,200円のカンパにて取り扱っております。

◎ 「夫・恋人の暴力から自由になるために」という、ジニー・ニッキャーシー&スー・ディヴィッドソンの著作を翻訳した本が、パンドラより発行されました。



☆ Aさんコーナー

   「志離滅裂」

 あなたは神を信じますか?
 あなたは私を信じますか?

 判決については厳粛に受け止めております。しかし、判決は判決、真実は真実です。元からある真実を、さらに司法によっても確定しようと試みたのが今回の訴訟です。結果は「原告の請求はいずれも棄却する」でした。しかし、それが何でありましょう。真実はそのままに存在し続けているのですから。
 「どちらの言い分が信用できるか」であって「何のために片方が嘘をついているのか」ではないのです。合理的に考えれば、真っ向から対立するふたつの事柄のどちらかが成立すれば、もう一方は自動的に崩壊するわけです。嘘をついた理由などどうでもいい。とにかく本当でなければ嘘なのだから。そういうことです。
 第一審は、私たちが「福岡判決に見られるように、世の中の情勢は変わりつつある」という見解のもとを一歩も離れなかったことが、「いけない」と言えばいけなかったように思えなくはありません。旧態依然として、変化の兆しすら全くない「わかりたがらない連中にわからせてこそ」の勝利だったのかもしれません。
 それからこの事件に関しては、私があまりにも冷静であったことが被害を受けたと信用できない理由のひとつになっていました。私は木でも石でもありません。生身の体を持った人間です。しかしその肉体を侵されそうになってなお、抗しきれない職場での力関係の存在こそが、セクシュアルハラスメントを生み出す土壌となっているということは、どうやら全くご理解いただけなかったようです。
 「一社の社長ならひとかどの人物であるに違いない、必ず従業員の心の叫びは聞き届けてくれるはずだ」という理想は崩され、それならと日本の司法にかけた私の願いもあっけなく却下されてしまったわけです。とにかく、私は判決が言い渡されたその瞬間から"日本一の大ウソつき"が確定したのです。「嘘偽りは申しません」と宣誓した上での私の主張が「とうてい信用できない」と判断されたのだから、今私が死んだら地獄に堕ちて、エンマ様に舌を抜かれることになるのでしょうか。
 ところで、今回この訴訟を審議したのは「地方裁判所」という機関です。そしてこの上には「高等裁判所」と「最高裁判所」があります。なぜそのようなものがあるのかと言えば、ひとつところでの判断が必ずしも正しいものであるとは言い切れないからです。その弱気がこの3本立ての構造を考え出したのです。
 しかし、3段階というのは何ですかね、「ホトケの顔も3度まで」とか「3度目の正直」なんて言葉を参考にでもしたのでしょうか。
 こんなふうに思えるまでに、私は判決から4、5日かかりました。‥‥‥当日の晩は弁護士と支援の会員と3次会まで行き、翌日からはアルバイトを11日間も休み、でも部屋でじっとしてもいられず、みずらへ行ってみたり、近くの事務局の友人P宅へ弁護士もろともなだれ込んで終電まで飲んでみたり、強風の中海を見に出かけてカゼをひきかけて帰ったり、友人Mの女子寮に上がり込んで終バスまでうだうだしてみたり、偶然会った知人Sの営業車に乗り込んで辺りを一周してもらったり、Mの社用につき合って、某レストランで無料暴飲暴食をしたり、花粉症の薬を買いに薬局へ出かけたついでに中華街に月餅(げっぺい)を買いに行き、そのついでに通り道の横浜地裁へ寄って廊下のベンチで15分ほどボケをカマしてみたり、また海を見に行って雨上がりの花粉の猛攻を受け、鼻から目からボロボロになってみたり…
 失意の底辺で、私もサリンでも撒いて世の全ての人々の生活を破壊してやりたく思いました。
 人間は、自分が懲罰や制裁を受けて損をしなければ懲りずにどんな悪事でも働く、わりと凶悪な動物です。だから偉大な頭脳は、法を制定したり、それを守る司法機関や警察機構を設けたのでしょう?でも今回の判決は確信犯の仕業としか思えません。無実の私が、救済されるどころか国からも見捨てられるのなら、私以外の平和な人々も有無を言わせず不幸の淵に落とし込んでやりたいと。‥‥‥しかしこれは逆ですね。逆ですよ。逆にしたらいいのです。
 でもとりあえず、消滅するほどに私は正気を失えないので、こうして今もここにいるわけです。
 そういえば、判決直後の集会でTさんが「私たちはみんなAさんを信じているのに」と言ってくれました。それまで私は、発言を求められたら「なぜあなた方は私の言葉を信じたのですか?」なんてふてくされたことを言ってやろうなどと思っていたのに、その一言で、荒く波立った心が、静かに凪いでいったのでした。
 誰も何も意義を差し挟まなかったそのシンプルな気持ちが私たちの出発点だったのです。
 今までは、私にとって裁判は「趣味のようなもの」と言ってきました。焦らず無理せず楽しくやろうという趣旨なのですが、人には理解されにくかったようです。だからこれからは「持病のようなもの」と言うことに決めました。
 先天性のもの、後天性のもの、完治しないもの。病気とは仲良く、機嫌を損ねないようつき合って行くのがいちばんいいと聞きました。もっともであると思います。
 一生消えること無く、発熱したり、疼いたりして、その確かな存在を主張し続ける傷の痕を、私たちサバイバーは抱えて生きて行くのです。他人には絶対にわからない個人単位の痛みです。もうこれは、完全なビョーキですよね(笑)。



☆ 余計なAさんコーナー

   「右翼曲折」
 警察庁長官狙撃事件について「法治国家の治安当局・警察権力に対する挑戦である」と誰かが言っていました。
 私たちは生まれながらにして法の中に取り込まれています。日本では法によって全てが統べられ、今こうして法の下に暮らしている私たちにとって、それは不思議でも何でもないことです。大部分の人々は疑問も持たず、多少の不満を口にするも、平和に暮らしているようですね。
 私の胸の中には「法の番人」や「法の執行者」に対する過分な期待感があります。子供の頃、TVのヒーロー物を見過ぎたからでしょうか。「隠密同心心得の条、我が命我が物と思わず、部門の義あくまで影に、己の器量を伏し、御下命いかにても果たすべし、なお、死して屍拾う者無し」(「大江戸捜査網」だ!)という小学校低学年の記憶もいまだに鮮明です。消防士や救急隊員なども同列です。「正義感」や「使命感」といったイメージは、訴訟を抱える身には余計に頼もしく思えました。
 奇しくも私の父方の祖父は警察官でした。これは家族から聞いた話です。なぜなら祖父は太平洋戦争で戦死したからです。三男の父は祖父の顔を覚えていないそうです。四男の叔父は出征前に家族で撮った写真には、まだ写っていませんでした。
 一家の大黒柱を失い、奨学金でやっと町立高校を卒業した父は、警察官を希望したのだそうです。しかし、現在の父は会社員です。「片親だから」という理由で父の願書は受け付けられなかったのです。三十余年もの昔、国家のために命を捧げた警察官を父に持ちながら、自分がなぜその同じ職に就けないのか…という話を父から聞いたことがある、と、私はつい数ヶ月程前、母から聞きました。警察に望みを抱く人がこんな身近にもいたのかと、私は複雑な気持ちになりました。
 ニュースや警察の"広報番組"を見ていて思い出すOの言葉があります。
 「仕事で死んじゃったらしょうがないね」
 …当時パトカー乗務員だったOの交通事故を心配した私に、Oが言ったものです。
 楽天的というより、あれはもう「ノーテンキ」と表現したほうが正しいような大ざっぱな正確のOでしたから、こんな言い方をしたのかもしれません。でも、
 「向いてないと思うこともあるけど、この仕事嫌いじゃないから」
 と言うOに、警察官という仕事は合っているような気がして、なんだかうれしい気分になったものです。
 草野球チームでの背番号が「32(サツ)」だったり(こいつ結構自分の職業気に入ってるなと大笑いしてしまった)、サミットの警備で東京に行ったときは、芸能人が通ると無線で「今、○○がそっちいったぞ!」と連絡し合ったりした、とか「署長のバースデーケーキをパトカーで取りに行かされて、エライ恥ずかしかった」・「当直室の布団はみんなが寝るから、インモ○脱落防止のため、ステテコ、モモヒキは欠かせない」・「警察官」と言えば責任感のある人物というイメージだがOの場合「俺、覚悟してヤッてる」(違うだろ!)だったり、「スピード違反や駐車違反をしても当然のように警察手帳を示して通ろうとするイヤな奴がときどきいる」・「実は自分も一度、高速道でスピード違反で捕まったことがある」・「深夜、渋滞の交通整理に行ったら、近くで飼われていたヤギが道路を闊歩していたのが原因で、路肩に野積みになっていた大根を投げてヤギを追っぱらった」・「上司から娘や親戚の女の子の見合い話を切り出された場合、断れば先の見込みはない」(Oは署長の娘さんの話を、もらう前に断った)・「婦警さんなんて、なっても奪い合いが激しくて、すぐ結婚しちゃう(巡査Oは警務の女の子を刑事さんに寝取られた)」・TVの取材で婦警さんとご一緒したとき、中座した婦警さんの帽子をみんなで被って『結構デカイなぁ』なんて話していたところ、係長サン(既婚)が『でも女のパンツは小さいんだぞ!手の中に入っちゃうぐらいなんだぞ!』と力説していた」・「駐車違反の取締中、『おまわりさんはここにパトカー停めててもいいんですか?駐禁なんでしょう?』と言う違反者に『へへ、イイんだよ〜ん、おめー知らねーで言ってんだろー♪』と心の中で思った」(パトカーはいいの)等々‥‥‥知るほどに、コワモテするばかりでなく、人間臭かったりフツーの人っぽかったりするものなのかと親近感が涌き、好感度は増すばかりでした。
 裁判の関係で知り合った、警察をあまり肯定的に見ない方々から「男で、よりによって警察官!ついでに機動隊上がり!?‥‥‥でも、必要な人間ならしょうがないわね」などと言われながら、それでも体制の一員として、守られる者として、守る側の人といられることを嬉しく感じ続けていました。私が訴訟を起こしていることを否定もせず、気にもせず、宇都宮の傍聴や京都でのぱあぷるとの交流会にも、拒絶することなく同行してくれました。
 今となってはもう取り戻す術もありませんが、裏切られても見放されても、やはり「体制」というものから逃れられない自分は、本当に制服に弱い、典型的な日本人であるのだなと、自嘲気味に思う今日このごろです。




☆ 会計報告(95.1〜95.4.12.)

収入  69,250円

     内訳   会費及びカンパ

支出 114,145円

     内訳   郵送代       76,118円
           印刷・紙代     21,800円
           交通費          440円
           会場費       12,600円
           雑費(封筒代)    3,187円

前期繰越金  77,259円

差引残額    31,364円

◎ 会計より

 この会計報告はこの号の印刷及び紙代が含まれていません。したがいまして、この支出がされますと、4月25日現在の、差し引き残額はおよそ15,000円ということになります。
 これではとても、控訴審をむかえるにあたっての財源としては不適切このうえなく、誠に心もとない事態となっています。
 度重なるお願いになって申し訳ないのですが、再度の緊急カンパを訴えたいと思います。つきましては、時節がらをわきまえ、夏期一時金の折りに振込用紙をお送りしますので、とりあえず今回は、カンパの「予約」ということで、その節には、どうぞよろしくお願いいたします。



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