クラブA bP4 

                   1995・8・10   発行 横浜セクシュアルハラスメント裁判を支える会事務局



東京高裁での第1回口頭弁論の日程決まる!

  9月19日(火) 午前10時30分
    東京高等裁判所  809号法廷



☆ 6・3東京高裁での控訴審に向けての集い

 あの腹立たしい判決から約2ヶ月、気をとりなおして再出発をとの思いで、品川区の「きゅりあん」で判決の報告集会を行いました。原告が、提訴のときに書いた陳述書を朗読したあと、弁護団から判決についての報告。判決は終始被告を守る立場に貫かれ、証言のうち被告に都合のよい部分のみ取り上げ、都合の悪い部分は切り捨てる(例えば、セクシュアルハラスメントのあった当日、泣きながら被害について話したAさんを見て、同僚は『何か大変なことが起きたと思った』と証言したのにこれは無視)内容であること、また「20分もの長い間、原告が被告のなすがままにされていたこと自体考え難い」と強姦神話にも似た評価を下していること、職場を失うことの怖さから抵抗をためらったAさんを「冷静な思考があって不自然」と評していることなど怒りしかわいてこないものであった、原告の気持ちを考えるととてもこのままにはしておけない、控訴してもういちど一から裁判所を説得したいという報告でした。
 「働くことと性差別を考える三多摩の会」のNさんからは、「性暴力と裁判」というテーマでの講演。統計を引用しながら、強姦や強制猥褻罪の認められにくい現状や、発想の違い(守ろうとする法益は女性の人権でなく社会秩序)についての分析。こういう日本の現状のなかで、福岡判決の意義はとても大きかったけれど、「これでセクシュアルハラスメントの認識が確立されたと思った私たちにも甘さがあった、もう一度、裁判所に概念のところから訴え直す必要がある、また、退職に追い込まれる課程もセクシュアルハラスメントだったのではないかとの提起があり
ました。
 続いて、現在セクシュアルハラスメント裁判を起こしている4人の原告からのアピール、それぞれに困難な問題を抱えながら励ましたり励まされたりしてきたAさんへの思いと、判決への怒りが語られました。Aさんからは「控訴の理由は提訴のときと同じ、負けっぱなしはイヤ、私は理想の原告じゃないかもしれないけど、一緒にやってゆきましょう。」とのあいさつがありました。
 Aさんが勝訴するためにはセクシュアルハラスメントの事実が立証されなければなりません。(密室で行われるセクシュアルハラスメントの立証責任が原告にあるなんて、女を馬鹿にしていると私は思うのですが)さらにAさんの受けた行為が彼女を心から傷つけ、仕事を奪うような「加害行為」であったことも立証しなければなりません。男性から見たら、ほんのささいな出来事が女性を傷つけるというセクシュアルハラスメントの概念そのものが定着する社会が来なければ、彼女が本当に勝訴することにはならないだろう、その意味ではとても困難な戦いに挑んでいるAさんを、ともに支えてゆきたいと思いながら終えた集会でした。 (横浜セクシュアルハラスメント裁判を支える会・パラソル)



☆ 許さない!!女性障害者への性暴力

 7月22日、飯田橋の婦人情報センターにおいて「障害者A子さんの裁判を支える会」が主催する集会がありました。この集会は、レントゲン技師による性暴力を訴えた障害者Aさんの裁判が、今年5月16日に判決が出され、Aさんの勝訴となりましたが、これを不服とする加害者本人が控訴するという事態を受けたものです。
 はじめに模擬裁判が行われました。
 中央に裃姿の裁判長。左右に原告代理人と被告代理人が陣取ってます。まず原告の陳述「私が裁判を起こしたわけ」が訴えられました。障害者であることで自分の母親から「私が死んだら人様のお世話になることになるのだから、ワキガの手術と子宮摘出手術をするように」と言われてきた。今回の事件については、「障害者は可哀想」で判決を出されるのではなく、女性の人権侵害ということで裁判を起こしました。
 原告側証人として、堤あい子さんから女性障害者に対する性暴力の数々が訴えられた。
 障害者は一生結婚・出産はできないと思う家族や友人にとって、障害者の初潮は「またひとつ大変なもの、手間のかかるものが増えた」という認識。施設では20年前には入所の時に丸裸にされ、写真を撮られたと言う人もいる。また、異性による介助に伴ってトイレや浴室で性暴力を受けたという事をよく聞く。子宮摘出手術が盲腸の手術と偽られてされたりしている。
 「生理時には情緒が不安定になる」という学説が通用しており、「摘出は社会的障害を防ぐ」と言われている。
 7、8才の我が子に子宮摘出を勧められた母親からの相談があった。障害者以外の女性に摘出をしないのは子を産ませるため。障害者は結婚も出産もないこととして扱われる。これらはコインの表裏の関係にある女性への人権侵害にほかならない。
 被告人代理人から「事件に関係ないので証人の発言を全面削除!」との発言。原告代理人は「大いに関係があるじゃないですか!」と応戦。裁判長の「却下します」の一言。会場からヤンヤの拍手。「傍聴人は静粛に」ということで被告側の証人の発言に移ります。
 証人はナント!あの矢野元教授(?)が!
 「社会的関係がないことなんてないのですよ。そもそもエックス線を発見した人がいてこその患者であってですねー。患者は医学というものを云々…。(以下、訳が分からない)」
 最後にAさんの介護者から、Aさんの状態を聞きました。
 「昨日、訪問看護婦さんによって検温されたとき、熱があり腰痛もあって病院で見てもらった結果、尿管結石と言う診断でした。今日の集会への参加をなんとか可能にしたいと訴え、大変
残念がっていました。」

 休憩後、Nさんのお話がありました。強姦罪の法的な定義が紹介され、余程の抵抗を示す事がこの罪の立証に重要であったりすることに、怒りを覚えます。しかも、データーからいわゆる「強姦神話」(見知らぬ男が暗闇で襲う)を論破し、さらに被害者が訴える場合の多くは見知らぬ男からの痴漢行為であり、強姦の場合は顔見知りの男によることの方が多く、屋内がその現場であることの方が多いということです。殺人事件の被害者のおよそ4分の1が加害者の妻であるという統計も示されました。障害者Aさんは抵抗できない故に、「準強姦罪」の被害者ということに法的にはなるそうです。
 次に、本物の弁護団のWさんよりこの裁判(判決)の意義が紹介されました。
 まず第1に、Aさん本人が主体になって告訴したこと。女性障害者が泣き寝入りしないという、決意と意志。
 第2に、密室の事案で勝利判決が出されたこと。
 このことは原告側に立証責任があり、双方の言い分を聞いて事実確認がされた訳ですが、これは事件直後の対応…。翌日、センター職員にメモに残すように依頼したり、翌々日には医者に診断書を要請したりということがされていたし、協力者がいたということがあって立証されました。
 第3に、原告からの請求金額は1,100万円でしたが判決では300万円となりました。この金額は従来の金額から比べるとかなり高いものになっています。(従来は80万円〜100万円)「医療従事者への不信感は常に関わりを持つ障害者にとっては重大」(判決文より)ということなのでしょうが。
 第4には、集中審理というやり方。これまで裁判は時間がかかりすぎて記憶も定かではなくなっていました。
 第5に、原告にとっての主張の機会について、最近では冒頭の意見陳述が割愛される傾向にあります。しかし、社会的問題としてマスコミに取り上げられるような件はこの限りではないようです。

 会場からの質疑が相次ぎました。被告側の控訴理由は?という質問は当然出てくるわけで、これについては、まだ書面が届いていないそうです。あれこれ憶測しましたが、見てからのお楽しみということにしておきましょう。   (P)

 さて、いよいよ控訴審!

  第1回裁判  10月11日(水) 東京高等裁判所!
      みんなで行こうネ!



☆ 豊島ユニオン6周年の集いに招かれて

 8月3日、大塚駅近くの勤労青少年センターの和室に、十数名の様々な年齢層および職種の男女が集いました。
 「あか蕪」(自然食のお弁当屋さん)スタッフによるおつまみも出て、なごやかな雰囲気の中、参加者それぞれが抱えている裁判や争議の紹介がありました。労基法通りに産休や育児時短を取ったら賃金カットされたという、代々木ゼミナールの事務職員さんの裁判。男女賃金格差を問題にして裁判を闘っているNさん。建設会社で労基法に基づく労働協約を闘い取った女性の近況。転職をめざして職業訓練校に入った男性。ほんとうによく頑張っているんだなあと思いました。こういう人々との出会いには元気をいただけるゴリヤクというものがあります。
 さて、我々(AとP)は、少々緊張ぎみに話し始めました。簡単に経過と、判決の内容を紹介し、Aさんへの質問に応えるという風に進めました。Aさんは「紳士風」(加害者)に対し「はすっぱ」(被害者Aさん)を認めようとしない、問題はそんなことではないにもかかわらずに。
 口々に「一見紳士風は裏で何をやっているかわからない、本当に悪い奴は丁寧な言葉を使ったりするよねえ」。不当判決にもいろいろな意見や質問が出て、一緒に考えてくれてとてもうれしかった。高裁の傍聴にも来てくれるそうです。帰り際に大枚なカンパをいただき、本当に感謝します。9月19日にまたお会いしましょう。   (P)



☆ 変えよう均等法!の集いに参加して

 均等法が施行されて10年目を迎えようとしている。ようやく見直し審議が行われ、12月に結論が出されようとしている。差別をなくすどころか男女の差別がより拡大しているというのが私たちの実感であり、法律の不十分さが明確になっている。
 秋の見直しを前に6月18日、「変えよう均等法!私たちの体験と熱い思いを語る集い」がカンダパンセホールで開かれ、会場を満杯にする430名が集まった。
 上野千鶴子さんは「均等法10年目を迎えて」と題する講演の中で、「均等法は女たちに労働強化と競争原理と能力主義の内面化をもたらした。女も能力があれば平等になれるし、できない自分は二流の位置に甘んじても仕方がないと、性差別が個人的能力の問題であるかのように思い込まされてしまった。これまで敵は男や上司であったが、今や努力や能力の足りない女自身の内面に向かい、差別が見えにくくされた」と提起し、フェミニズムの危機と受け止め均等法改正の必要性を強調した。
 その後、働く女性の現場からの多彩な報告がなされ、均等法の問題点や差別の実態を明らかにした。それらの具体的報告を受けて中島通子弁護士より「均等法改正への具体案を提起した。その内容は次の通り。

◎ 募集、採用、配置、昇進を禁止規定とすること。
◎ 賃金差別禁止、セクシュアル・ハラスメント禁止、年齢・出産・家庭責任を理由とする差別禁止を盛り込むこと。
◎ その他、性差別禁止の明確化、間接差別の禁止、積極的差別是正措置規定の新設、罰則規定の新設、実行ある救済機関を作る、等々。
その後の討論の中で、私たち「支える会」としては、是非セクシュアル・ハラスメントの禁止の明文化を要求したいと発言し会場の参加者の共感を得ることができた。   (Q)



☆ Aさんコーナー

   「覆水」
 彼女の家を飛び出した、とっさに頭に浮かんだ、そこへ行くしかないと思った、バスがなければ歩けばいいと思った、電車に飛び乗った。
 コックが飛んで泡の吹き出しが止まらなくなった消火器のように、手のつけようがなく混乱する頭の片隅で、この駅で降りなければ家に帰れないなと思っていた。家の人間なら、また彼女のところに泊まったと思うだろうと考えていた。とすると冷静でなかったのではなく、冷静になどなりたくなくて、取り乱してバカになってしまいたかったからなのだろうか。
 終着の新逗子駅には人影もなく、自動改札機の作動音が静かな構内に響いた。人けのない駅前の交差点を渡ると、満月に近い月が南の空高くに見えた。海回りと山回りのふたつのバスルートのうち、いつも乗る海回りを辿る。バスだとすぐに見えてくる海がなかなかあらわれない。道を間違えているわけでもないのに、と不安になる。人っこひとりいないのに、真昼のように明るく交差点を照らす、渚橋のGS。ナトリウム灯に浮かぶ、信号待ちの車の運転席が気になる。デニーズの向こうの逗子の海は、全く静かだ。海回りとはいっても、商店や民家の並ぶ町中を過ぎるときは海は見えなくなり、私は月明かりに照らされるだけとなる。野良犬1匹歩いていやしない。なのに、葉山マリーナの灯。夢のようにともるあのオレンジ色の灯の下には、一体いくつの団らんと抱擁があるのだろう。
 足元に広がる海。光もなければ波もうねりも見えない、ただのねっとりした塊にしか見えない大きな暗い水。得体のしれない深みの予測が恐怖を煽る。怖いと思ううちは正気なのだと思う。
 国道近くのバス停はそれほど寂しくもないが、信号が青に変わって、並んだ車が走り去ったあとの暫時の静けさは、途方もない。待合所の、道路に対して垂直に置かれたベンチに座る。後方からパトカーが来て走り去る。「あ‥‥‥」と思う。見つけて欲しかった気持ちと、見つからなくて安堵した気持ちが入り交じる。しばらくして、路上にふたつの人影が見えた。すぐに歩き去ったが、急に心細くなって、100メートルほど先の葉山停留所に移動する。ここはバス停に屋根付きの立派な待合所とWC、電話があって、常夜灯がついている。そして御用邸正門前哨舎の、道路を隔てた斜向かいだ。安心と言っていいのか悪いのか。物思いに耽っても、きっと邪魔が入るだろう。
 ベンチの隅に腰掛け、様々なことに思いを巡らす。なぜこんなことになったのか。‥‥‥別離、敗訴、意気消沈、失職、自己嫌悪、八つ当たり‥‥‥美術館で見た海豚(イルカ)の絵。聖書を題材にとったその絵の中のイルカは、仁王様のような大きな目と鋭い歯の覗く口、それに虹色の固そうな鱗を持っていて、全く異形の怪物としか思えないような姿をしていた。夜の暗い海にはそのイルカがいそうな気がした。波打ち際から踏み入れた足は、とたんに喰らいつかれて、バリバリと音を立てて噛み砕かれてゆく。そんな恐ろしい目には遭いたくない。‥‥‥水死体の醜さは筆舌に尽くし難いものがあるという。風船のようにふくらんだ胴体と、岩などにこすりつけられてできた、生活反応の無いぶよぶよの傷。漂う腐臭。変死体に対面したことのある人間なら、絶対に自殺など考えないというのはもっともだと思う。
 御用邸の警備交代のたびに、向こうの歩道を警察官が通る。全員がこちらを気にしている様子だ。そのうち来るだろうと思うと少し、身構える。ごく普通の一般的な市民生活の中にあってそれを守り、自らもそれから逸脱することのない彼らと話しているうちに、突拍子もない自分の行動が馬鹿なものに思えてくる。時折雨の降る真夜中、女の子がひとりでうずくまっているのは尋常ではない。どんな説明もきっと通らない。3人目の警察官と話し終えるころには、急速に無鉄砲さを反省するまでに気持ちが落ち着いてきた。
 フッと常夜灯が消えた。いつの間にか空が白み始めていた。夜半に突然降り出した滝のような雨も止んでいる。完全に明るくなるのを待って、海岸へ出てみようと思った。御用邸左端から塀に沿って歩くと、突き当たりの角に若い機動隊員が立っていた。私は前を通り過ぎ、5メートルほど先で頭上の騒がしい鳥の声に足を止め、空を振り仰いだ。すると案の定、背後に歩み寄る気配があり「どうかしましたか?」‥‥‥明らかに訝しげな様子でいたので、無線を入れられる前に立ち止まったのだ。始発まで時間があるので散歩に来たという理由に彼は納得がいかないようで、そりゃあ公園なのだから、いつ誰が来ても構いませんけどね、というようなことを非難するようなニュアンスで言い返してきた。不躾な言い方に憮然となる。
 松林に囲まれた、東屋のある広場が葉山公園だ。砂浜から一段高くなったそこにも警察官がいる。別に避けたわけではないが、反対側のスロープへと歩く。「おはようございます」と、頬にホクロのある彼は親しげに話しかけてきた。なんだか蜘蛛の巣に取り込まれたような気分だったが、今度は不快感はない。葉山署所属の警備隊員、袖に銀ラインの巡査部長殿だ。雨も上がり、気温もちょうどよいことなどを話題にしているうちに、「実は夕べからいるんですよ」とぽつりと言ってしまった。「会合で口論になって、後先も考えずに飛び出して来ちゃったんです」‥‥‥私は穏やかな海面上に視線を放ち、彼はふんふんと耳を傾けている。「警備はただ立っているだけではないけれど、でもヒマだと思うことも確かだ」、とOから聞いていたのを思い出した。しばらくして「また来るのなら、また会うかもしれないから、名前とか教えといてもらおうかなぁ」と彼は言い出した。差し出す免許証に目を落とし「あー、同い歳だねー」と、彼は言った。
 交代の時間が来て、その巡査部長殿は場所を移動してしまった。話し相手を失った私は、波打ち際をゆっくりと歩く。橋を渡り、一色海岸と大浜海岸を隔てている、川と岩礁の間にある幅の狭い浜で、私は、歩を進めるたびに周囲の砂が僅かに動くことに気付いた。何だろう?と目を凝らすと、何とフナムシだった。あの、海のゴキブリのような奴である。見回すとそこかしこで砂が動いている。悲鳴を上げてその場から逃げ出したかったが、なにせ足元は砂である。寝ているフナムシを起こさないようにと、抜き足差し足、離脱する。やっと岩場に辿り着いてホッと見上げる芝地に、先ほどの巡査部長殿がいた。「親とか心配しないの?」と言われる。
 バス停には既に何人かが並んでいた。この時間ではいつもの顔ぶれなのだろう。やがて座席に落ち着いた私は、バスの揺れに身をまかせ、薄日の射す白い海を眺めながらうとうとしだした。戻らない気持ちは、寝不足の頭痛にとって変わった。

   「静謐のみどり」

 何というみどりだろう。
 波ひとつ立てず、同じ瓶から流れ出た色のように見渡す限りに広がるみどり。そう、「翡翠色」と称される、あのみどりに近い。
 西向きの葉山の海に、朝日は山を越えて後ろ少し左方向から射してくる。その日は薄曇りで、空はどこを見ても灰白色だった。
 海抜8メートルという公園の遊歩道を歩いていた私は、しばらくして、180度に近い展望の海の左手、長者ヶ崎の方から、だんだんとそのみどり色が薄れだしていることに気付いた。不透明水彩のように延べられた、とろりとした海面が小さく波立ち、白っぽい光を帯び、まるで息を吹き返したかのように蠢き出したのだ。
 刻々と面積を増やしていくそれが光の色であることを、私は初めて認識した。
 月は、自身では発光していないという。恒星ではないあの天体は太陽の光を受け、それを反射しているだけなのだというにわかには信じ難かった事実を、私は思い出した。そういえば空の青さも、大気中の成分が太陽光を反射した結果のものであると、何かの本で読んだ。世に存在する発光しない全てのものは、外からの光を受け、その形と色彩を得ているのだそうだ。
 海は空の色を映しているのだと聞いた。そうだろうか。
 私が息を呑んで見つめた「みどり」は、輝度を増す海面の、ひとときの色だったのだ。
 15年以上も昔、どこだかの文房具屋で「エメラルドグリーン」という名の色鉛筆を見つけたことがあった。緑に青と白を混ぜるとそのような色になることは知っていたが、その色鉛筆はそれとも違う、なんだか不思議な色をしていた。中学生だった私はその色が気に入り、あまり使わず大事にコレクションしていたように思う。
 そのエメラルドグリーンが今、遙か伊豆半島の彼方、太平洋の水平線までまっすぐに広がっているのだ。
 しかし、ほんの10分か15分で、その天然色のショーは終わってしまった。気付いたら終わっていたのだ。せっかく移りゆく色を眺めていたのに、途中から御用邸警備の警察官に話しかけられてしまったのだ。
 数日後、日の出から時間にして3時間ほど遅く、抜けるような五月晴れの空から直射日光をまともに浴びた海は、南国の絵葉書のようにところどころ濃く、薄く、プルシアンからコバルト、セルリアンに輝いていた。湿気のない爽やかな風に吹かれながら見るそれは、理想的に美しい風景だった。しかし、波頭の飛沫まで同じ色をしていた、怖いように静かなあのみどり色は、私の中から消えそうにない。



☆ 会計報告(95.4.13〜95.8.8)

収入 193,477円

     内訳   会費   83,000円
           カンパ 105,477円
           資料収入 5,000円

支出  64,509円

     内訳   郵送代      25,560円
           印刷・紙代    21,990円
           交通費       2,120円
           会場費      13,800円
           雑費(封筒代)   1,039円

前期繰越金  31,364円

差引残額   160,332円

◎ 会計より

 多くのカンパ、大変助かりました。
 とりわけ6月3日の集会でのカンパが大きいものでした。当日の参加者の皆さんには、来ていただいた上に支出させてしまい、「ありがとう」の何乗を言って良いかわかりません。さらに個人でも多くのカンパが寄せられています。
 これからが本当に勝負!大切に使わせていただきます。



《 編集後記 》

 まだ夏だというのに人恋しい今日この頃。「愛し過ぎる女たち」を読んでいて、ドキッとショックを受けてる私でした。(こぐま)

 8月は魔の月!暑さに負けてしまうので、この作業が終わったら田舎に帰ります。9月になれば別人になって控訴審(9/19)ガンバルのだ!(夏の暑さに弱いQ)

 私の夏休みはもう終わった。女性学講座の参加でオシマイ。とっても中身の濃い出会いがあった。ウレシイ!(P)

 暑いですねえ!こういう時は生きてるだけでエラい!と多くを望まないことにしています。(パラソル)

 今年は苦手だった冷やし中華を克服した。でも、しなければならないことはまだ他にあると、蜩の声が告げる。緊張の夏である。(ぶっとびのA)



「クラブA」TOPに戻る