クラブA bP6 

                   1995・12・22  発行 横浜セクシュアルハラスメント裁判を支える会事務局



☆ 2月19日、控訴審第2回口頭弁論

 控訴人から3つの書証が出され、W弁護士からそれについての内容説明が行われました。 こう13号証はフェミニストカウンセラーの河野貴代美さんの鑑定意見書。総論と各論に分かれ、性的被害を受けた女性が必ずしも悲鳴を上げたり逃げたりしていないこと、Aさんの行動も自然で一般的な行動のひとつであったとの内容。甲14号証は中央大学助教授の山田省三さんの鑑定意見書。セクシュアルハラスメントの法理と原判決の事実認定の問題点について述べたもの。甲15号証は、東大客員研究員のアリソン・ウェザーフィールドさんが「ジュリスト」(平成7年11月15日、及び12月1日発行号)に書いた日本のセクシュアルハラスメント裁判についての見解です。裁判官の固定観念が被害者の権利擁護を妨げているとのコメントもあるとのこと。
 控訴人側が採用を申請している証人(原告と河野貴代美さん)については、「消極的方向」で検討中だそうで、採用されるかどうかの結論は次回に持ち越し、「必要性について上申書を出すように」とのことでした。被控訴人側からは証書の提出はなく、追加の証書(被控訴人から提出の予定)を待って検討するとのこと。なお本日提出の書証についての見解は甲15号証のみ認め、あとは「不知」だそうです。
 ふたつの鑑定意見書は、弁護士さんたちが、聞くも涙、語るも涙の努力(報告集会の時は笑いもありましたが)をして執筆者に依頼をして書いてもらったものだそうですが、どれも充実した内容とのことで、これから裁判をする女性たちの「武器」になりそうです。
 被害を受けたときにハッキリ拒否ができないことがセクシュアルハラスメントの本質なのに、それを学者や専門家を動員しなければ主張できないなんて本当はとてもおかしい。でも今の裁判所の「常識」を変えるためには、まだまだこういう手続きが必要とされるのだなと感じた裁判でもありました。今は、勝つためにはありとあらゆるものを動員するしかない、そのことが今後裁判を起こす女性たちに道を開くのだろうと思いながら裁判所を後にした日でした。
 ちなみに、この日オウム真理教の解散請求の裁判もあり、入口は厳戒態勢でした。 (働くことと性差別を考える三多摩の会・パラソル)

  次回公判  2月20日 午前10時30分〜

     東京高等裁判所 809号法廷




☆ 判決は3月4日! ――八王子A子さんの裁判――

 12月11日、八王子A子さんの裁判が結審した。判決は来年の3月4日(月)午後1時10分。もう、あとは判決を待つばかり。まな板の鯉である。
 それにしても、被告側はいやに強気だった。証拠調べが終わった時、裁判長から和解の打診があったが、被告の弁護士はすっくと立つなり、「こちらが金を払うような和解をする気はまったくない」と言い放った。「まあまあ」と裁判長が取りなして、和解のための調査が3回ほどあったのだが、その姿勢は変わらなかったようで、結局、和解無し、判決という運びになったのである。
 もっとも、被告にしてみれば、判決前に金を払って和解したとなれば、セクシュアル・ハラスメントの事実を自ら認めるようなものだから、校長という立場からして、「それだけはできない」ということになるのかもしれない。
 話は変わるが、被告の準備書面を読んでいて、セクシュアル・ハラスメントの事実を立証することの大変さをまた感じた。
 被告の主張は、セクシュアル・ハラスメントの事実はない、A子さんのデッチあげである、というものだが、最終準備書面では次のようなことを言っている。曰く、校長から「残り勉強」をやめるように指導されたA子さんは校長に反感を抱くようになり、翌年の人事で学級担任をはずされたことを不満に思って、校長の「名誉失墜を企て、虚偽の性的嫌がらせの事実をねつ造し、」裁判を起こした。(冗談じゃない、これこそねつ造というものだ。)そして、被告が、セクシュアル・ハラスメントがねつ造だと考える根拠として、A子さんが2年間被害を公にしなかったという点をあげている。本当に被害にあっているなら、その直後に明らかにするはずである、2年間も黙っていたのは不自然だ、というのである。
 つくづく、男の論理だなあ、と思ってしまう。なぜ、すぐに公にできないか(すぐにどころか、一生誰にも言えないことだって、ざらにあるのだ)、女ならすぐにわかることだが、男は想像力を働かせてみるということはしないらしい。この男の論理が一般の論理になってしまっているから、セクシュアル・ハラスメントの立証はやっかいなのである。女に沈黙を強いる社会の構造
や、被害を受けた女の心理を懇切ていねいに説明して、男の裁判官にわからせなければならない。
 日本では、セクシュアル・ハラスメントの裁判自体の歴史が浅い。だから、こういう主張で、こういうふうに立証したら勝てるという、方程式のようなものが、まだ確立していない。1つ1つの裁判で、投げかけられた難題をひっくり返していき、その成果を積み上げていく、そういうことが大事なのだと思う。
 さて、八王子の裁判だが、A子さんの証言と校長の証言を思い起こしてみる。「よく覚えていない」「記憶にない」の連発だった校長の証言に比べて、A子さんの証言はとても具体的でリアルだった。証言の信憑性はA子さんの方にあると思うが、裁判はどういう結論を出すのだろうか。   (働くことと性差別を考える三多摩の会・ダブル)




☆ 宇都宮セクシュアル・ハラスメント裁判 3周年集会 
   〜5人の原告が勢揃い〜

 久しぶりの宇都宮は晴れ渡り、銀杏の木の黄色が晩秋の澄み切った青空に映えていた。会場は県庁の近くの栃木会館というかなり大きなホール。
 Kさんが宇都宮地裁に提訴して3年。3周年集会が、セクシュアルハラスメントと闘うKさんを支える会、相互支援すみれの会、連合栃木の共催で開催され、200余名が参加した。
 福島瑞穂さん(宇都宮裁判原告弁護団)の司会で開会、連合栃木のM会長の挨拶、その後「連合滋賀によるセクシュアルハラスメントと闘う会」と「セクシュアルハラスメントと斗う労働組合ぱあぷる」からのメッセージが紹介された。(絶妙なタイミングと驚いたのは誰でしょう)
 Wさん(宇都宮裁判、わが横浜裁判の弁護団でもある)が宇都宮裁判の報告。「Kさんが移動中の車の中で卑わいな言葉を浴びせられる、ラブホテルに連れ込まれそうになる、無理矢理キスされる、性的うわさを流される等のセクシュアルハラスメントを受け、退職に追いやられ提訴し、実名報道で訴えて3年の裁判を続けている。セクハラ裁判では、裁判官は他の裁判と同程度の立証では納得しない。例えば被告SはKさんがキスに同意していたかどうか分からないと言っているのに、原告の抵抗度が問われたり、女の労働権が軽く見られたりしている。横浜裁判でも原告に有利な同僚の発言は無視され、セクハラを受けたらすべての女性は逃げたり抵抗するはず、被害を受けたら具体的表現をするはずと決めつけられ、原告の主張は退けられ一審で敗訴した。女性は嘘をついてでも訴訟を起こすのか!Kさんの被害は大したことないと思われているが、どれほどのダメージを受けているか分からせることが今後の課題」と提起した。
 続いてのプログラム「原告が語る・裁判」は圧巻。宇都宮、秋田、八王子、三重、横浜の裁判原告が登壇してそれぞれ生の声で裁判の現状やいま考えていることを訴えた。

◎ Kさんは「どんな人が被害に遭うんだろうと思ったかもしれないけど誰でも遭う。自分を取り戻すために裁判に訴えたが、裁判ではプライバシーが侵害されたり、被害者の落ち度が取り沙汰される。最近裁判すると別の女性になってしまうという経験をした」と新しい職場でのエピソードを語った。
◎ 秋田の原告 「2年前に提訴したとき、先輩の後をついていけばいいと思った。自分の尊厳を取り戻す力を自分自身が持っていると信じて頑張っていきたい」
◎ 八王子の原告 「裁判を起こし、Kさんに会うまで泣き続けてきたが、Kさんに会い励まされて元気になってきた。和解は決裂し、12月結審、1月判決の予定だが、裁判をやって良かったと思っている」
◎ 三重の原告 「精神科閉鎖病棟で看護婦として働いてきたが、同僚の副主任の看護士にセクハラを受けた2名が提訴した。7回の裁判をやってきて、その家庭で友人を失い、家庭内もアンバランスになるという経験をしてきたが、裁判をしたことを後悔したことはない」
◎ 横浜のAさんは「3月敗訴した。事実を偽りと決めつけられた。でも失敗は成功の素、肥やしにして前進すればいいと思う」と発言した。
 そして、すべての原告が裁判をしてよかったとそれぞれの言葉で語ったのがとても印象的。全国各地で闘うAさんたちの個性あふれる力強い訴えに聞きほれる参加者。連合栃木の協賛を取ったことは効果的だったかなと思えた。
 司会の福島さんの「泣き寝入りしない女たちがこんなに沢山出てきて素晴らしい」、秋田の原告の「裁判を積み重ねていって私たちの足跡が広い道になるように」との言葉に深い感激と共感を覚えたのは私だけではなかっただろう。

 寸劇の後、「セクシュアルハラスメントの提起したもの」というテーマでのシンポジウム。パネリストは中下裕子さん(宇都宮裁判原告弁護団)Nさん(働くことと性差別を考える三多摩の会)金子雅臣さん(東京都労働経済局)の3人。
 中下さんは「原告たちの訴えはラディカル、根元的。彼女たちと裁判には大きなギャップがある。性暴力を受けた女性の心理的被害を認識せず、申告してもいじめがなされたり救済されない。人間の尊厳が侵されていることの認識がない。これまでの男女の性観念が女性が人間として生きるときに合わなくなっている。被害の救済システムの確立をめざしたい」と提起した。
 Nさんは女性のための相談活動の経験から次のように提起した。「性暴力の被害は訴えるまでに大きな山がある。加害者がいなければ事件は起きないのに、被害を受ける人は責任がないことを誰も信じていないという現実がある。犬に咬まれたと思って忘れなさいと言うが、実際には忘れられないでトラウマ症となってしまう例が多い。訴えたときに信じてもらえない、大したことと思われない、被害を受けたことに無力感を感じてしまう、こうしたことへの心理的サポートも必要だ。被害をひどいことと信じ合え、あなたが悪いのでないと確認することがとても大切だ。私の体は私のもの、性的自由の権利は私の人権、それを保障する法律(性暴力禁止法)を作りたい」
 金子さんは「労働相談の中で女性からの相談が増えている。セクハラの相談も多い。男と女の価値観のギャップにより様々な問題が起きている。セクハラ面接をした部長に会ったら「30分で女性を判断するには男関係と家族関係を聞けば間違いがない」と言い、男の場合は女関係は沢山あってよいというダブルスタンダードの考え方だった。今後は時代が変わるという認識を持つことが必要。旧来の男らしさや女らしさを見直し、企業のあり方も問い直される。連合も取り組む時期にきていると思う」と話した。
 会場との意見交換の中で、最後の会話は傑作だった。ひとりの男「こういうことは馬鹿な奴がやるんだよね」福島さん「馬鹿ばかりで疲れるんですよねー」。
 なんと言っても、自己主張する原告たちのすがすがしい姿に感激。素晴らしい集会でした。  (Q)



☆ ぶっとびのA版・宇都宮3周年集会報告

 行ってきました宇都宮。小春日和で天気は上々、客の入りも上々。面白かったのが5人の原告のそれぞれのアピール。裁判の進行状況による違いがよく表れていたように思います。事件発生からの、川の流れにも似た一連の(私が一番先んじている)経過の中で、それぞれに異なった地点にいる原告たちの現時点における心情が、余すところなく(?)吐露されました。ワケもわからず義理で参加した人々にも、あの鬼気迫る原告たちの魂の叫びは、確かに通じたのではないかと思われます。
 実は私は、自分の出番以外は他の原告と話し込んでいてせっかくの支援の会のお芝居やゲストの方々の講演などを全部聞き逃してしまったのです。‥‥‥というわけで、最後に私のアピールを紹介して終わりたいと思います。

 宇都宮は久しぶりです。1年3ヶ月ぶりくらいでしょうか。今年は人のことを心配する余裕もなくて、すっかり御無沙汰していました。
 皆さんもうご存じのこととは思いますが、横浜セクシュアルハラスメント裁判は今年の3月に敗訴しました。
 別に過大な期待をしていたわけではありませんが、事実を偽りであると裁判所から決めつけられるとは、まさか、思ってはいませんでした。
 でも、これで、日本の司法の考え方がどんなものであるのか大まかなところがつかめたのですから、よしとするべきでしょうか。失敗は成功のモトですから、うちの裁判を肥やしにしてそのうち他で勝てば、いいと思います。
 それから、私は元からそんなに明るい人間ではないのですが、怒りのせいで勢いがついて、傍目にはやけに明るく映ったようです。それが、Kさんや各地の原告を勇気づける結果となったことは僥倖だと思っています。
 裁判をはじめたばかりの頃。私は、裁判を起こしたことで、既に特別な人になってしまった自分が、それでも現実に普通の人と変わらない生活をしているのだと伝えることで、裁判と、それに関わることへの偏見をなくしていきたいと考えていました。でも、実際に私に望まれたのは、現実に裁判を起こし法廷で闘うという、一般の方々にはなかなか体験できない事態を、臨場感あふれる心理描写で、オーディエンスの皆さんに報告、公開することだったのです。
 先日来日されたアメリカのマッキノン教授も、「声を上げることが大切」だとおっしゃいました。それこそが意味のあることなのだから、勇気を持って、恐れず、現状に立ち向かっていこう!という積極的な姿勢。
 ‥‥‥私が訴え出た気持ちは、実は誰の心の中にもある普通のことで、特別なものでも何でもない。それは既にわかっていることです。今、望まれているのは、それを行動に移すことです。だから、このような場と、発言をする私たちの姿が必要とされるのでしょう。
 最近のある戦争映画で、こんな台詞が耳にとまりました。信ずるもののために闘うゲリラの少年兵について、それを見守る2人の女性が語り合う場面です。

 「彼らに頼ることに問題はあるの。しかし今は、彼らの力が欲しい」
 「誰だって戦争なんかしたくない。でも、闘える力のあるものは、闘うべき。私はそう考えるの。正義なんて言葉は気恥ずかしいけれど、あの子たちにはその言葉が似合うと思うの。本当はそれは悲しいことかもしれない。時代の英雄像を押しつけられるのだから。でも、私は彼らについて行きたい。そうすることで、誤った道に進むことはないと思うの」

 闘争は必ず、関わるものを無傷ではおきません。だから、闘うものは、負う傷も、負わせる傷も、自分たちの闘う理由のために正当化します。
 私は、自分が原告であることに疲れているのかもしれません。きっとそうでしょう。そうでなくては困る人が、世の中にはたくさんいると思いますから。
 だから、Kさんにも頑張ってもらわなければ困ります。
 横浜のうっぷんをぜひ晴らしてもらいたいと思います。    (文責・ぶっとびのA)




☆ 会計報告(95.8.9.〜95.12.22.)

収入   9,070円

     内訳   会費    6,000円
           カンパ     470円
           資料収入 2,600円

支出  118,315円

     内訳   郵送代      90,300円
           印刷・紙代    23,100円
           会場費       3,000円
           雑費(封筒代)   1,915円

前期繰越金 160,332円

差引残額    51,087円

◎ 会計より

 今年の決算はとりあえず黒字ではありますが、裁判は二審の渦中。来年の終盤戦にはこれまでの弁護団の立替分について、返済の計画を立てたく思っています。
 交通費やコピー代、通信費、依頼した鑑定書の費用など、累積した金額を予想すると当面100万円ほどが目途となりそうです。したがいまして年会費はもちろん、多くのカンパを呼びかける次第です。



《 感動の編集後記スペシャル 》

 今年はいやなことが沢山あって、きっと忘れられない年になりそうだ。地震・オウム・横浜判決・沖縄・もんじゅ‥‥‥それに周囲の親しかった人の死が立て続けにあったりした。
 私自身は特に何かあったわけではないのだが。これまでで最悪と思われるほどの出来事の数々。しかし、好いこともあった。北京女性会議・女性学講座での出合い・最近のことで原告Aの就職と引っ越し。
 ともかく、精神的には「元気」でいたいPとしては当面、Aの裁判に関わりきることを念頭に置いている。
 横浜判決はとっても許せないものだった。Aの疲れようは「原告であることに疲れた」といわしめるものがあったとは思うが、それだけではないところもあるように思っている。それをはっきりさせることは、今後のPとAとの関係にとっても、裁判が終わってからのAにも大切なことのように予感している。
 早晩、転機の96年になりそう。Pはご自愛だけの時期はもう卒業する年にしたい。(P)

 私の本職は、某自然保護団体の会員向けの機関誌を編集する仕事です。執筆者が締切を守ってくれるか、いつもドキドキしているのに、今回はクラブAの編集後記をコロッと忘れてしまいました。持ち歩くスケジュール手帳を、早々と来年用に変えてしまったのが、敗因だと思います。編集長、ごめんなさい。
 転職したのに、相変わらず仕事で忙しい私は、傍聴もなかなか行けなくて、悪かったなあと思っていますが、一時は、落ち込んでどうなることかと思ったAさんも、だいぶ元気になって年を越せそうなのが、一番うれしいです。
 私のほうは、執筆者探しや企画のヒントを得るために、仕事で色々なところへ出かける今日この頃なのですが。「いぬも歩けばセク・ハラに当たる」ならぬ、「女も歩けばセク・ハラ親父にあたる」で、腹が立つ毎日です。(とんがらし)

 今年の仲間内の「流行語大賞」は「横浜ショック」だったような気がします。来年は「セクシュアルハラスメント裁判連勝」といきたいですが、どうなることやら。
 宇都宮の3周年集会で壇上に並ぶ原告たちを見たときは「日本もここまで来たなあ」と感慨しきり。原告も苦戦なら支える側も苦戦の連続ではあるのですが。
 やがて来る日に
 やがて来る日に
 私たちは正しかったと言われよう
 なんてつぶやいて過ごしたこともありました。(古いなあ!)ちょっと疲れてセンチメンタルになったりして。
 私の勤める職場では、朝男性がお茶を入れてくれるので夕方は私がお返しに湯飲みを洗っています。洗い場に男性が来ることも多くなりました。課長も自分の灰皿を洗いに来ます。少しずつ世の中が変わってゆくのかなと感じます。私たちのしていることも、そんな「変化」を早める力になっているのかもしれません。
 来年も「支える会」を支えてください。(パラソル)

 あっというまの1年だった。師走になって肩こりが激しい。3月、横浜地裁判決‥‥‥このひどい判決をどうはねかえすかを考えて1年が終わったような気がする。でも、11月18日の宇都宮裁判3周年集会での原告たちの姿、そして12月19日の控訴審で、裁判所の厚い壁を壊せそうな予感がした。これも女たち(原告・支援者・弁護士)の努力の賜物と思う。
 今年も後わずか。年女の私はフーフー言いながら、年末まで走り続けそう。来年はもっと平穏な気持ちで過ごしたいもの。(Q)

 弁論に遅刻した。着いたら終わっていた。忙しい中、朝早くから集まってくれた皆さんに合わせる顔がなくって、ずっと床を見ていた。地下の職員喫茶に流れたとき、支える会会員のTがほっとしたようにこう言った。
 「でも、来てくれてよかった。こうして話もできたし」
 ‥‥‥遅れたことへの怒りより、心配をしてくれていたのだ。この人の優しさには、いつも胸を打たれる。
 大勢の、いっぱいの、思ってくれる気持ちをいつも素直に受け止められなくてごめんなさい。(ぶっとびのA)



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