クラブA bP8 

                     1996・5・9  発行 横浜セクシュアルハラスメント裁判を支える会事務局



☆ 3月21日 控訴審第4回口頭弁論

 相変わらず、物々しい雰囲気の東京高裁で、金属探知器のチェックを受け、中に入りました。
 まず、控訴人代理人から、提出した上申書の要旨について説明。「原審は、Aさんの行動をセクシュアルハラスメントを受けた被害者としては不自然だと断定し、そのことから推認して、結果的に誤った事実認定をしている」と。
 そして、なんと、控訴人側から新しくTさんの証人申請を行いました。このTさんという方は、平成元年2月から5月の初めまでAさんの前にテクネット横浜営業所に勤務していて、やはりK部長よりセクシュアルハラスメントを受け、社長に抗議して退社した方です。そのいきさつを控訴人代理人が裁判官にざっと説明。
 この日に、初めて耳にした私は、え!びっくり。法廷の空気も一瞬変わった気がしました。思わず、被控訴人側の代理人の顔を観察‥‥‥。でも、顔色ひとつ変えていなかったように見えました。役者だな〜と変に感心してしまいました。
 裁判官は、Tさんの陳述書を先に提出するように要求。Tさんの証人申請を認めるかどうかは、次回のAさんの証言を聞いてから判断するということでした。
 Tさんの話は、第一審でも少し出ており、原告代理人からの被告K部長への反対尋問で、「前に働いていたTさんが辞めた理由は何か」という質問に、K部長は、「反抗的だったから‥‥‥」と答弁していました。
 それにしても,Tさんを証人として採用させることができたら‥‥‥。久しぶりにAさんを支援する人たちの笑顔が印象的でした。
 次回は、いよいよAさんへの証人尋問があります。控訴人側からの申請によるもので、主尋問と反対尋問があります。ぜひ、みなさん、傍聴に来てください。お願いします。   (こぐま)

  次回、第5回口頭弁論  5月21日(火) 午後1時30分〜
     東京高裁 809号法廷




☆ 3月14日・宇都宮傍聴記

 当時の支店長・Kの尋問が始まった。まずこの日は、被告セントラルファイナンスの代理人・水野弁護士による質問にKが答え、次回(4月25日)に被告Sの代理人・斉藤弁護士による質問、続いて原告代理人からの尋問と続くことになる。
 会社側はSを見捨てたようだ。というより、そもそもの最初から会社を守ることしか念頭になかったのだが、そのための戦略として、Sを「守る」よりも見捨てることが得策だとはっきり決めたということだろう。Sは、これまでの公判で取り返しのつかないミスをいくつもやってしまっている。自分のほうこそ被害者だ、と逆恨みの感情をむき出しにしたことで、裁判所からもひんしゅく、を買ったし、この程度の嘘を重ねてもゴマカシがきくだろう、という男社会からのなれあいに慣れすぎてしまっていたことによる読みの甘さもあった。詳細を書く余裕はないが、彼の描いたストーリーは誰の目からも破綻している。たとえば「キスは合意の上」といういまわしい嘘も、「相手の気持ちはわかりません」という自分自身の証言でくずしてしまった。会社から見捨てられても自業自得で、この日Kは、「キスは合意の上という話はSからは一度も聞いたことはない。そんな主張は裁判が始まってからはじめて耳にした」と証言することで、Sの前回の証言(「キスは合意の上だとK支店長に言った」)を真っ向から否定してしまった。(水野弁護士の質問に誘導されてこう答えたのであって、頼まれもしないのに、会社側から不利な証言をしたわけだ)。だが、Sの馬鹿さ加減にようやく気付いて戦術を変えてみても、そもそも事件当時からSを擁護し、Kさんの言い分を取り合わず退職にまで追い込んだ被告会社の責任も体質も押し隠せるものではない。
 Kは、Kさんから非難されたSが「『ボーメイ(亡命?)したい』などと訳の分からないことを口走っていた」などと言い出した。この会社は、最初はKさんを「気の強い、性的に奔放な」特別な女に仕立て上げ、今度はSを人格破壊者だと印象づけることで、自分は責任を逃れようとでもいうのだろうか?おのれに一片の正義もないやからは、自分が悪くないと主張するためには、とにかく他の誰かが悪いというしか方法を持っていないようだ。安倍英を見ているとよく分かるが、人間、醜悪になろうと思えば底無しになれるんだから、どこかで歯止めをきかせる方が、本人のためだと思うが、まぁよけいなお節介か。
 Kによると、セントラルファイナンスは、毎年8月に女子社員だけを1人ずつ面接して、退職の予定があるかどうか尋ねるのだそうだ。それは、「女子の活用のため」だそうで、Kは(つまり会社側弁護団は、ということだが)、きっと言ってはまずいこととはつゆ思ってないからこんな証言をしているのだろう。また、「Kさんは従来、仕事の上の不平不満があればはっきり言う性格だった」としきりに述べているが、(しかも、それ自体も、あたかもKさんが「きつい性格だ」と印象づけをしたいがための文脈で言っているのだが)仕事上の不平不満をはっきり言えることと、性暴力を受けたことを他人に口外することとが、まったく異なった問題だという認識すらないのだ。(このへんの認識は、裁判所にだってあるかどうか疑問だが)
 職場で、無責任な噂話を流した事実はない、と言いながら、同時に「ほとんどの社員が、SがKさんに何か悪いことをしたらしいと知っていた。だから孤立していたのはSのほうで、Kさんは孤立もしてないし、名誉回復の必要もない」とおっしゃる。ほとんどの社員が知っていたというのは、噂が流れていたということとどう違うのか?
 この日の証言の最後のほうで、KはKさんが提出した辞表を改竄して、「支店長に不当ないじめを受けたために退社する」という文言を、勝手に「‥‥‥一身上の理由により」と書き換えたことをはっきりと認めた。(悪びれもせずに)

 Sは、今回は出番はないのにちゃんと傍聴席にいました。そして、公判が終わるとあれほどコケにしてくれた会社側の傍聴席に、愛想笑いしながら挨拶していました。
 次回は、久方ぶりに被告S代理人のあの斉藤先生(編注・恥知らずな日本男児の総代理人とも言える、あの!)の登場です。今回の会社側の主張をすんなり受け入れるか、あくまで依頼人Sの弁護人として頑張るか、その健闘(編・ガンバレ!ヒューヒュー!)に大いに期待がかかるところです。   (スモールストーン)




☆ セクシュアル・ハラスメントと司法の場

 横浜セクシュアル・ハラスメント裁判の原告であるAさんは、横浜地裁判決で悔しいことに全面敗訴しました。男である裁判長は、原告Aさんの主張に「一貫性がない」とし、訴えを一方的に全面否認したのです。しかし、裁判長は本当に心から「事件当日何も起きていなかった」と思っているのでしょうか?私はそうではないと思っています。裁判長は「たぶんAさんは何かしらの被害に遭っているだろう」と判っているのです。にも関わらずAさんの訴えを全面否定したのにはワケがあると思います。
 昔から性暴力の刑事罰や民事での認定は確立が非常に低いのが通例です。強姦の法定刑は何と「2年以上」という軽刑です。これに比べて強盗の法定刑は「5年以上」となっています。女性を性的に凌辱し身も心もズタズタにして、被害者の心に一生消えない深い傷を負わせることより、人の金を盗んだことの罪のほうが重いとは、何という性差別的法律でしょう!しかも、強姦がなされた、と認められるケースは実刑率で67%(1995年度「犯罪白書」より)という低
さです。
 被害者にとっては、性暴力を受けたショックといつまでも残る恐怖心や人間不信から、警察へ被害届を出すことすらはばかられます。ましてや裁判に訴えると、こうした事件を興味本位にしか受けとめられない「男週刊誌」や法廷の場における「男検察官」たちのセカンド・レイプが待ち受けています。
 横浜地裁の判決も、こうした世間の「通例」が幅をきかせています。多くの男たちはこう考えます。「被害にあったって言ったってホントは嬉しかったんじゃないの?」「自分も感じてたくせに金で賠償させようなんて都合がよすぎるんじゃないの?」「性行為があったのは女の側がフシダラで男を挑発したんじゃないの?」「誰も目撃者がいない密室の犯罪なんてどうやって立証するの?ホントに犯罪が行われたなんてだれにもわかんないだろ。被告が『やってない』って言ってるんだし」
 男裁判長の、原告Aさんの被害に関してもこうした見方が潜在的に大きく巣くっていると思われます。しかも「男の沽券」「決定権を握る裁判長としてのプライド」がかかっているのです。Aさんが被害に遭ったとはウスウス判っていながらAさんを敗訴させる原因はここにあります。
 全国にあまたあるセクシュアル・ハラスメント裁判で、被害者の女たちが勝訴してしまっては、この男優位社会がガラガラと音を立てて崩れ始めてしまうのです。男であることに社会の中であぐらをかいている連中にはたまったものではありません。
 この話は男社会の話だけではないのです。つまり司法の場も、この男優位の現状をストレートに反映しているのです。
 10代や20代の「若者」が好んで(?)見ている「トレンディードラマ」の中では、「女だったらおとなしく黙ってろよ!」「男は外へ闘いに行ってるんだ、囲いの中にいる女に何が判る!?」「女だったら男が疲れている時ぐらい優しく慰めるもんだ」といったセリフが男の口から溢れ続けます。こんなドラマを見ている「若い」男や女の価値観は、本人も無意識のうちに性別役割分業感を植え付けられてしまうのです。テレビドラマは一例に過ぎません。週刊誌や月刊誌は「女向け」「男向け」と完全に性によるターゲット分けがなされており、「こども向け」漫画雑誌の内容たるやハレンチ極まりなく、電車の中では中学生くらいに見える男の子がナニゲナクこうした漫画を見ています。スポーツ新聞のポルノ写真やポルノ小説は毎朝(昼も夜も)オジサン連中がヌケヌケと眺めています。「見たい権利」ばかりが尊重され「見たくない権利」が剥奪されているのが今の日本社会です。
 繰り返しますが。ゆがんだ日本の現状とゆがんだ司法の判決は密接につながっているのです。
 しかし、私たち女はここで沈黙することを是とはしません。こんな世の中だからこそ、こんな判決だからこそ私たちは怒りをもって立ち上がります。
 「時代錯誤の男たちよ!少しは人の気持ちを考えなさい」言い換えればあぐらをかいているような男どもこそ心に淋しさと空しさと屈折をもって苦しんでいるのではないでしょうか。
 真に女と男が対等になれる日を目指して、私たち女は闘い続けましょう。
 原告Aさんの東京高裁での闘いは、腐りきった日本を変革する上でのひとつの「宝」なのです。   (カットビのN)




☆ A県S・H裁判報告

 3月21日、ケンタッキーフライドチキンの支店で起きた強姦事件の控訴審が東京高裁で行われた。当日、我が横浜S・H裁判も行われており、時間的にも好都合であったため、傍聴することにした。
 控訴人A子さんの代理人は鈴木理子さんと林陽子さんである。この日は被控訴人への証人尋問がなされた。
 被控訴人側はA子さんが声を出して逃げ出すことがいかに可能な状況であったのかを証明しようという作戦のようで、現場周辺の他の店舗がどれくらい離れており、事件発生時に住人がいたようであるとの証明にやっきになっていた。さらにA子さんが被控訴人に好意を持っていたとの認識を述べたて、「単なる」認識のズレを装う真面目そうな男を演じていた。
 A子さん側はいかに大声で叫んでも無理な状況だったかを証明する一方、国際的にも、時代的にも性暴力が犯罪であり、被害者が声を出さない、逃げ出さないケースが多いことを証明しつつ、被控訴人のA子さんへの認識がいかにいい加減で手前勝手かを質問によって明らかにしていった。
 終わり近くに裁判官が念を押すように出入口のありかや数を確認したり、当時の状況についての気持ちを聞いたりした、この裁判官の質問は、判決文の原案がすでに頭の中にあって、それをひとつひとつ確かめているように感じたのは私ひとりではないように思う。
 この裁判はこの日で結審になった。
 次回は判決。我が横浜S・H裁判と同じ日の5月21日である。




☆ 八王子A子さん裁判 判決報告集会(4.27)

 4月15日、東京地裁八王子支部で、八王子のA子さんの裁判の判決がありました。結果は大方の予想を裏切る(?!)勝訴判決(全面勝訴とは言えないけれど、被害を事実と認定した判決でした)。4月27日、約50名の参加者を迎えて報告集会が行われました。

 A子さんは、その前日に学校で子供の落としたノートを拾おうとして、突然ぎっくり腰になったとのことで、椅子の上に横になったり、杖をつきながら漸く移動したりという痛ましい姿、今までの疲れが一度に出たという感じだったのでしょうか。参加者のいたわりの視線の中、「裁判官にも被告にも恵まれて、この判決を得ることができた。教育の部分で主張が認められなかったことは、残念だけれど不満ではない。教育に関しては、子どもたちが裁判官なのだから。しかし、校長や教育委員会が、いじめの問題の存在を否定したことは、今でも腹が立つ。」との感想を話しました。
 鈴木理子弁護士は、「この判決は、私にとっても意外だった、証拠主義の裁判所が原告の証言だけで、事実を認定するのはあまりないこと、大岡裁きと言ってもよいと思う。皆さんのご支援の賜物です。」と挨拶、Kさんが用意してくれたお祝いのブーケを受け取りながら、「弁護士冥利につきます」とにっこりしていました。
 秋田でセクシュアルハラスメント裁判をしているA子さん、宇都宮のKさん、横浜セクシュアルハラスメント裁判を支える会は、それぞれの現況報告を交えながら、お祝いの連帯アピール、矢野事件の甲野乙子さん、支援する会、三重のA子さんはそれぞれFAXでメッセージを寄せてくれました。
 限られた時間の中で、参加者の全員にも一言ずつ感想を話してもらいました。多くの人がこの裁判に心を寄せ、結果を喜んでくれていることがよく判りました。
 残念ながら、被告は控訴を決めたとのことで、A子さんも敗訴の部分について控訴することとし、手続きを済ませました。事実を認めれば、教育委員会の責任も問われる、校長の任期はあと1年、高裁、最高裁と引き伸ばしているうちに任期は切れる、そうすれば責任もうやむやになる、きっとそう考えているのだと思います。男社会の壁の厚さともろさを感じずに入られません。嘘をついてまで守り通したい自分の地位と対面、踏みにじられる女性の人権、感受性。こんな不幸な関係に早く終止符を打ちたいと思わないのだろうかと不思議です。

 被害の立証の困難性という厚い壁に、ひとつ小さな穴があいた、穴をあけようとする女性たちの努力のなかに、私たちの僅かの力も生かされたと思うと、とてもうれしい気持ちです。(支援する会・パラソル)



☆ 強姦裁判について考える

 3月29日、沖縄と心を結ぶ女たちの集会が文京区シビックホールで開かれた。横浜セクシュアル・ハラスメント裁判を支える会も私自身も賛同人に名を連ねている、久々の集会である。「NO!レイプNO!ベース」とのスローガンに深い思いがこもっている。

 1971年10月、世の中は沖縄の返還協定をめぐって騒然としていた。10・21国際反戦デーのその日、日比谷公園に集まった学生、市民、労働者は7千人。集会後霞ヶ関門を出ようとすると機動隊が規制、蛇行するデモ隊の最後尾近くにいた私はガードレールにつまずいて倒れた拍子に後から追ってきた機動隊に首根っこを捕まれて逮捕された。何が違法だったのか、今でも分からない。デモ自体を認めないということだったのだろうと考えているが‥‥‥もちろん不起訴になったが、23日間の"冷や飯"を食うことになった。
 沖縄返還協定は米軍基地を容認するもので、沖縄の人々の本土復帰の心情を逆なでする内容だった。当時の私たちも「沖縄に連帯し」と叫んだが、本当の意味でどうだったのか。私自身はその後パスポートのいらなくなった沖縄に小さな娘を連れて旅をした。あこがれの珊瑚礁の島。巨大な米軍基地、南部戦跡の数々、沖縄戦日本軍総司令部の地下壕の殉死した人々の霊が漂っているような冷たい感触は記憶に新しい。
 しかし、沖縄現地で日々、米軍基地の脅威と隣り合わせに過ごしてきた沖縄の人々の怒りや苦悩、悲しみに寄り添っていたとは言えないとつくづく思う。
 あれから25年。いま、沖縄の人々は全島をあげて本格的な反基地闘争を展開している。その契機となったのは米軍海兵隊による「少女強かん事件」である。
 なぜ、「少女強かん事件」なのか。この事件をきっかけにして2つの運動の流れがつくられ相乗効果をあげているように思える。私が注目しているのは女性の運動の盛り上がりである。女
性独自の闘いとして「強姦救援センター沖縄」が設立され具体的な活動を開始した。そして驚いたことにピースキャラバン隊を組んで米大陸に乗り込んだという。大胆な行動力!そのお話を聞きたい。
 集会での内海恵美子さん(基地・軍隊を許さない行動する女たちの会)のお話は、できたての編集されていないビデオを使って生き生きとしたものだった。基地下における「女性に対する暴力」の実態調査報告を携え、サンフランシスコ、ワシントンなどで数々のフォーラム、交流、要請を行い、アメリカの世論に一石を投じた。彼女たちのパワフルな活動は本土で性暴力、セクシュアル・ハラスメント裁判を闘っている私たちにも大きな示唆を与えている。
 また、立川、厚木など本土の基地の町の女性から、人権を無視する暴力的な基地の実態が訴えられた。
 そして、宮里邦男弁護士の「代理署名裁判の意義」についてのお話は、3月25日の判決後間もない時期だったこともあり、政治的な背景の下で出された判決のありようが垣間見られ興味深い内容だった。宮里弁護士は次のように述べた。「大田沖縄県知事は、日米安保条約の名の下に50年もの間、沖縄に多くの犠牲を強いてきたこと、その状態が将来も続くことを告発した。沖縄に過密な基地を押しつけているのは差別ではないか、全国民的な課題として解決してほしい、と訴え、基地の縮小と現状を変えることが地方自治の意義と鋭く問い直した」「判決は、大田知事に代理署名を命じたが、『沖縄基地縮小へ国の責任は重い』との見解も付記している。これは沖縄県民の闘いを無視できなくなったから」。
 反戦地主の会の方は、基地使用期限が切れる3月末期の攻防が山場と発言。沖縄の闘いはいま、押せ押せムードで攻勢である。知花昌一さんは国家と対峙して土地の奪還をめざしている。今や法を犯しているのは国家そのものなのだから。
 橋本首相もクリントン大統領も、もはや燃え上がった沖縄県民の炎を消すことはできない。

 沖縄の反基地闘争が「少女強かん事件」から開始され、沖縄の女たちの取り組みが北京世界女性会議の熱気を受けて始められたことは偶然ではないと思う。
 私は最近、伊藤伊織の「テロリストのパラソル」、小池真理子の「恋」、小浜逸郎の「オウムと全共闘」を読んで感慨深い思いをしている。ファッションが70年代に回帰している現象、私の生きた青春といえる時代が小説の背景とされてしまったことに、もっと肉薄してみたいと私は感じている。違うぞ、何か違うぞと思う感覚を大切にしながら、客観的な総括をしてみたいと考える。そして、もう一度現代のあり様を問い直してみたい。   (Q)





目撃者のいないセクシュアルハラスメントに関し、司法は法の番人としての役割を放棄した!?
横浜セクシュアルハラスメント裁判 控訴審
控訴人Aさん、最初で最後の本人尋問
私の言うことが本当か嘘か、
その耳で聞いて、
確かめてください。
 1991年2月、Aさんは勤務先の(株)テクネット(清水建設子会社)で勤務中、事業部長から抱きつかれる、無理矢理キスをされる等のセクシュアルハラスメントを受ける。Aさんは会社に抗議するが、会社は何の処置もとろうとはしなかった。結果、退職を余儀なくされたAさんは翌92年7月、加害者本人と会社、親会社に対し、損害賠償と大手新聞3紙への謝罪文掲載を求め、横浜地方裁判所に提訴する。
 しかし95年3月、
 
「原告の請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は全て原告の負担とする。」
 という判決が下される。
 厳然たる力関係の存在する職場内で、しかも目撃者のいないときを狙って行われる様々な性暴力。それを訴えたAさんの人間としての尊厳を、生きる力を、否定した判決。
 「男性の社会的地位や名誉は信用のおけるものであり、一般の女性の言うことなど、信用するにはあたらない。強制わいせつとも言うべき被害に遭えば、全ての女性が悲鳴を上げ、死に物狂いで抵抗するはずである。そうしない女性などは存在し得ない」
 と決め付けた、この、まさに時代を逆行するとも言うべき判決とその論旨は、全国各地で進行中の他のセクシュアルハラスメント裁判にも、影響を及ぼすこととなる。
 東京高等裁判所に舞台を移して1年。これまでに、心理面ではフェミニストカウンセラー・河野貴代美さんの、労働・法律面では中央大学法学部助教授・山田省三氏の手による、各鑑定意見書を提出。さらに、Aさんの元同僚と元社員の証言が、書証として提出される。
 「原審(一審判決)に対する憤りは、原審を正すためのエネルギーとして用いられることが控訴人にとっても、そして司法にとっても最も正しい使われ方である」
 これは、一審から引き続いて弁護を担当している、3人の女性弁護団から出された、上申書の一説である。
 人々の熱意と努力により、Aさんの本人尋問は、来る5月21日、実現される。
東京高等裁判所(営団 丸の内線 霞ヶ関駅 A−1出口)809号法廷
平成8年5月21日(火)午後1時30分
加害者上司の嘘が暴かれる瞬(とき)間。
よろしければ、ご一緒しませんか?
傍聴、お待ちしています。





《 編集後記 》

 いろいろなものをポイポイ捨てていくと、部屋がずいぶんきれいになるだろうな‥‥‥。
 でもものでも人でも愛着をもってしまうと大事にとっておきたくなってしまうのよね。
 何でなんだろう‥‥‥?
 自分のことって一番よくわからないのかも‥‥‥。最近自分探しに出ているのです。(こぐま)

 ようやく仕事をみつけ、一息ついています。夜の4時間、雀荘のおばさんをやってます。不安低賃金の女の労働。「体が資本」は年齢に関係ありません。みんな体を大切にネ。(P)

 昨日、友人と2人で陣馬山から高尾山まで歩いてきました。新緑の中に散りかかる桜と、萌え木色の山と、ウグイスの声。キツツキが木をつつく音もはじめて聞き、とても幸せな気分。八王子のA子さんの裁判は第1ラウンド終了というところ。自然からエネルギーをもらって再出発できそうです。(パラソル)

 最近、高齢者ケアの問題にも興味を持っている。田舎の明治末生まれの父親のケアのためにたびたび帰省している私には、今切実な問題である。家族、特に女にしわよせされている介護問題は「公的介護保険」では解決されそうにないが、北欧のような公的福祉は一朝一夕には困難だ。もっと個を大切にする思想が定着しないと「世帯主義」的考えにがんじがらめの日本の社会では女は安心して老いることはできない。「公的介護保険」問題についてもっともっと議論せねば。(Q)



「クラブA」TOPに戻る