クラブA bQ4

                     1997・11・8  発行 横浜セクシュアルハラスメント裁判を支える会事務局



判決日決定

  11月20日(木) 午前10時


                                                  
やっと11月5日に、そう連絡がありました

  
 東京高等裁判所 809号法廷


☆ 結審しました!

 6月3日、何度か肩すかしを食った思いで通った東京高裁で、ようやく結審を迎えた。提訴した1992年から約5年を経過している。加害者の代理人からは本年1月の秋田地裁の判決文が、Aさんの代理人からは矢野事件や名古屋高裁(金沢支部)の判決文などが書証として提出された。また、裁判長の要請により海外の判例も双方から提出されたおり、さながら判例合戦の様相も出てきた。
 判決日は、「追って指定します」と言われたまま、まだ音沙汰がない。書証を丁寧に読んでくれているのだと思えば気が休まるが、どこかで店晒しになってはいないかと心配もする。裁判所にとってはたくさんある事件のひとつだろうが、私たちにとっては、女性の尊厳をかけた事件だ。しっかり考えてね!と言いたい気持ち。
 Aさん、3人の弁護士さん、本当にごくろうさまでした。今までの疲れを吹き飛ばしてくれるような判決になるように祈っています。   (パラソル)



☆ 矢野事件・甲野裁判、全面勝利

 9月21日、京都地裁は矢野元教授の加害行為を認めた判決を出しました。矢野はまたもや恥知らずにも控訴したとのことです。乙子さんは、この矢野の出方を予測していたらしく、冷静に受けとめ、元気をたくわえているとのこと。
 井口裁判でも事実が認定され、この件について、矢野は控訴していないとのことで、今回の甲野裁判や、以前の小野裁判には控訴しているのは、明らかに嫌がらせ以外の何ものでもない‥‥‥と、ぱあぷるのPINKは言っておりました。(P)



☆ 八王子裁判(二審)

 9月24日、午後1時半より東京高裁の822号法廷はほぼ満員の傍聴者。控訴人(加害者)側の傍聴者数を上回る被控訴人(被害者)側の傍聴者数は上々。
 これまでの二審の弁論は書類提出だったため、A子さんの配慮で傍聴をあまり積極的に呼びかけなかったが、今回はA子さんの本人尋問も2回目で、相手側からの尋問を受けるということで、多くの参加があった。
 相手側の傍聴者には女性も多く、「校長さんがまさか」ということで、応援しているのかもしれない。(とんだ見当違いなのだが)
 A子さんの代理人は林陽子さん、角田由紀子さん、北村(♂)さんの3人。
 相手側代理人は男性女性の2人。尋問は女性代理人が行った。
 事実経過についての尋問が続く。A子さんは、とても明確に答えていた。しかも正直さが印象的で、相手側の意地悪な尋問にも率直に答えている。「(性器を)握らされたとき、あなたの手を引っぱって握らせようとしたということですが、その時のあなたの手は、開いていましたか、握っていましたか」には、「(手を開いてかざし)開いているというのがこういう状態でしたら違います。(手を握ってかざし)握っているという状態がこうでしたら、これでもありません。(握手するように両手を組み)指をこうつかんで引っぱったのです」と、とてもリアル。この時のA子さんはさぞびっくりしたに違いない。
 相手側は、重箱の隅を突くような質問を浴びせ、A子さんをいらだたせ憤りをあらわにさせる作戦のようだ。
 A子さんは、やられたことに対するショック状態を充分証明していたように思えた。
 一審では加害事実を認めた判決が出されているので、二審での相手側の尋問は、一審判決をますます確定することになったと思うのは私1人だけではなかったはず。
 次回は2月26日。1時半より822号法廷にて。本人尋問の続きとなります。   (P)




☆ Kさん殺害事件の公判を傍聴して

 Kさんが私たちの前から突然奪われて半年が過ぎた。しみじみと彼女がいない寂しさと悲しみを感じている。四十九日の法要が終わって、1ヶ月後の7月3日、東京地方裁判所で加害者の公判が始まった。この殺害事件があまりにも理不尽で許しがたいゆえに事実を確かめたいという気持ちとこれ以上あまり知りたくないという葛藤のなかで、傍聴した。そこで検察側が展開した事実経過は、考えていた以上の衝撃的なもので表現することもはばかられる内容だったが、女性の人権を確立するために闘っている多くの読者の皆様にも共有していただきたい多くの課題があると考えて簡単に報告したい。
 はじめて見る加害者は、どこにでもいる50代のおじさん風で異様に色白なのは長年の刑務所暮らしのせいなのか、もともとの体質によるものなのかはよく分からないが、どちらかというと色白体質なのではないかと思われる。
 検察側が展開したことによれば事実経過は次のようである。
 加害者・M被告は、7年の服役後今年2月、札幌刑務所を出所、東京に戻ってきてから、Kさんに報復するためにスーパーで包丁とロープを購入し、何日間かかけてKさんが住んでいた団地を点検し、住居を突き止めた。4月18日、早朝、家を出て会社に向かうKさんの姿を確認し、朝のラッシュでは報復に来たということを告げる隙がないから、帰宅時を狙うことにして、包丁をKさん宅のガスメーター室に隠して、夕方から、4階のエレベーターホール近くで待ち伏せしていた。
 9時過ぎごろ、4階から住宅棟に入ろうとしているKさんを見つけ、報復に来たのだということを告げるためにエレベーターで1階に降りたところ、ドアが開いてKさんが乗り込んできた。「Kさんですか」というと「はい」といったので「覚えているか」と聞くと怪訝な顔をしていたが、包丁で脅すと思い出したらしく驚いていた。ちょっと怯んだ隙にKさんは、包丁を奪って、4階に着いてドアが開くや否や、飛び出して大声で「助けて殺される」と叫んだので、大声を出されては困ると、Kさんを押さえつけてその包丁を奪い返して腹を何回か刺して、Kさんのバッグを拾って逃げた。
 殺害の動機は、8年前に首を絞めてKさんを失神させ、その際盗んだバッグから電話を割り出して、「職場や近所にふれまわられたくなかったらお金を持ってこい、警察に知らせたら承知しないぞ」と脅して「はい」と約束したのに、警察に知らせたため張り込んでいた警察に逮捕され、7年もの刑を受けたからその報復だというわけである。逆恨みでしかないのだが、M被告に言わせれば、怒りや恨みをためておくことはできないのだそうである。
 M被告には、女性に対する根深い差別と偏見がある。性暴力に絡んだ恐喝などに対して女は皆、泣き寝入りするもので、警察には届けないものであるという思い込み、それを破られてしまったことへの反省どころか、反対に「恨み」を持ってしまうという自己中心主義であり、他人の痛みなど意に介さない非情な人間といえる。かつて16才の女性を殺害、その他恐喝など多くの前科を持ち、50数年の人生のほとんどを刑務所で暮らしてきた、極道者ともいえる男である。刑務所は彼を更正させる機能を持たず、ただ「恨み」を増幅させただけに過ぎなかった。
 第1回公判では、弁護人は、「被告は報復しようという強度の視野狭窄に陥り、精神病のような状態にあった」と述べ、完全な刑事責任能力に欠けていたと主張したが、第2回公判期日(8月19日)には出廷せず、期日延期となり、再度開かれた第3回公判(9月26日)の冒頭には「報復の恐れのあった被告を野放しにした警察の責任こそが追及されるべきだ」と主張、被告人尋問では、「刑務所にいる間中、報復することばかり考えていたわけではない。エレベーターの中で包丁を出したときも脅しただけで殺意を抱いていたわけではなく、大声で叫ばれたので刺してしまったのだ」と陳述させた。精神鑑定路線は変えてしまったのかなと思う。
 第2回公判時に検察側が証拠として提出したさまざまな物証や書証などの中で心にしみた訴えはKさんのお母様のものであった。幼い頃から家族思いで障害を持った人や友人にも優しい気持ちを持ち、正義感にあふれていたこと、さまざまな思い出をよく覚えており、感心させられるとともにそのようなかけがえのない娘を衝撃的に奪われてしまった哀しみがずしんと心に重かった。彼女の人となりを改めて実感するとともにこのように素晴らしい私たちの仲間を奪っていった犯人が憎い。「極刑を望む」という陳述書の数々に同意してしまうし、検察側の威信をかけた「極刑」要求を支持してしまいたい気分になる。
 しかし、第1回公判から感じたことであるが、刑事裁判というものは、被害者の立場から見ると被害者の事実や気持ちとはズレたところで裁かれているように思う。被告にとっては弁護人がつき、弁明の機会が与えられるが、被害者にとっての代弁者は国家(検察)であり、今回のように殺されて存在しない場合は真実は闇の中であり事実と認定されるのは、多くは被告の主張に寄ってしまう。とてもやりきれない思いでいっぱいになるし、特に今回の事件は8年前の事件が原因であり、このような性暴力事件に絡んだき恐喝罪の場合、被害者のプライバシーが踏みにじられる危険が多く、第1回公判での検察側冒頭陳述でも8年前の事件について詳細に陳述する意図が理解しがたいと感じた。
 Kさんの事件をきっかけとして逆恨みによる報復犯罪の実態調査が行われ、凶悪犯罪等の場合の被害者への配慮について諸外国の事例などと比較しつつ対策が考え始められている。今更、Kさんが帰ってくるわけでもないが、彼女の死を無駄にしない取り組みも必要であろうと思う。
 彼女を知っている多くの仲間たちは、それぞれ口惜しい納得できない思いを抱いている。衝撃が深く言葉にすることも辛い状況の人もいる。
 来年の4月に「Kさんを偲ぶ会」を開こうと準備が始まっている。彼女の無念さを引き継いで女たちが安全に生き生きと暮らせる社会を目指していきたいと思う。来年の偲ぶ会までに追悼文集を作る準備も進められている。   (Q)



☆ Aさんコーナー

   「いらない人」

 自分は不必要な存在なのだと思い始めたのは中学2年の頃だった。国語の時間に遠藤周作の「役立たず」を読んで、これだと感じた。
 その予測は当たり、変わり者と言われ、イジメに遭い今までずっと何からも、どこからも、誰からも必要とされずに来た。
 ところがこのたびセクシュアルハラスメント裁判の原告となり、多くの人たちから応援され、支援されることとなった。これは必要とされたのとは少し違うが、結果として「仲間がいる」という温かなものを感じさせてくれた。
 「クラブA」創刊号に私はこう書いた。
 「私の心の内をわかってもらおうとは思わない。私の怒りの原因を知って、あなたがた自身で怒っていただきたい。もしその怒るところが私のそれと一致するのであれば、どうぞ私を応援していただきたい」
 そんな仲間と、ともに闘った日々の結果があとしばらくで出される。それぞれが自由意志で参加した、横浜裁判の。
 6年前、「私と同じ思いをする人をこれ以上増やしたくない」と願うような気持ちで、ともすれば「踏み台」になることをも覚悟の上で私は提訴に踏み切った。今、時が経ち、いくつかの結果が出され、世の流れは少しずつ変わりつつある。なら私は、もう本当にいらない人にならなければ。失くしたものを取り戻すために、さらにたくさんの失くしものをしなければならなかったこんなヤツは。後の人たちが同じ思いをしなくて済むような結果が出せたなら。
 疲れた藁の私には、今、ひとときの平穏が訪れている。事実審の終了。もう何もできない、することもない。そんな「原告」を離れた生活が、もう5ヶ月も続いている。このままいつまでも判決が出なければこうしてずっとぬるま湯のような毎日が続くのだろうか、などと思ってみたりもする。でもそれは決して平和などではないのだ。遠くない未来、私は自分の行く末を見極めることになる。
 「自分を取り戻す作業」と冠してきた日々の成果は、果たしてどんなだろう。取り戻すも何も、取り返しがつかないということは既に確定しているのだが。
 捨てる神あれば拾う神ありと言う。神でもホトケでも構わないから、いらなくなった私を拾ってくれるところはないものだろうか。ビンボー神じゃヤだけど。



☆ 会計報告(97.1.21〜11.8)

収入  54,000円

     内訳   会費        41,000円
           カンパ       13,000円

支出  91,507円

     内訳   郵送代       69,590円
           印刷・紙代    15,950円
           封筒         1,747円
           コピー          220円
           他団体会費(秋田)4,000円

前期繰越金  98,102円

差引残額    60,595円



《 編集後記 》

 支援の会の事務局に名を連ねながら、家の事情でいつも脱落気味の私です。いよいよ判決を迎えるとのこと。いろんなことがあったけれど、ともかくここまでやってきたAさんに「おつかれさまー」と言いたいです。(とんがらし)

 判決日が決まった。どんな内容になるか‥‥‥ともかく旨い酒が飲めれば良いのだが‥‥‥。
 一審敗訴という現実はなかなか楽天的になれないPをつくってしまった。
 ともかくココロして判決に望もうと思う。(P)

 6月に出た、熊本のセクシュアルハラスメント事件の判決文を読む機会があった。証人として、カウンセラーの井上さんが発言し、判決文にはその主張が採用されたと思われる部分がある。横浜では河野さんの証人申請をしたが認められなかった。あれから2年。女性の人権という重い歯車が、ゆっくりとではあるが確実に回っていると思う。(パラソル)

 仕事で長野の松本まで行く機会があり、安曇野まで足をのばした。すでに穂高の山々から麓へと紅葉が下りてきて、安曇野は紅葉の真っ盛り、秋の深まりを実感。冬がそこまで来ているのだ‥‥‥。ところでやっと判決日が決まった。東京の冬の訪れの前に勝利の打ち上げをやりたいものだ、ぬくぬくとした気分で。(Q)

 先日も職場で「休んでるのと一緒(下手の考え休むに似たりって)」というスバラシイ評価をいただいた私だが、何につけても冴えがなくなってきたと感じるのは事実。今号の記事のために昔の「クラブA」を読み返してみてつくづくそう感じた。面白いものが書けないのは脳ミソが劣化してきたからではなく、物事を面白いと感じることができなくなっているからなのではないかと考えた。
 ところで判決日が決まった。新しい恋人でもできたような地に足がつかない気分だが、私らが内容を知らないだけで結果はもう決まっているのだ。一審に間に合わなかった人は二審にも間に合わなかった。このあと物事を面白いと感じられる日々が戻ってくるのかどうか。その時誰が一緒に笑ってくれるのか。募集はさらに続く。(A)



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