魚肉が沈殿していることがあるので、よく振ってお飲みください。
 Copyright © 30 All Rights Reserved.


ダブルダイヤモンド富士山一周



【2005年8月30日】 (30ソロ・ドライブ)
小田原厚木道路・厚木西I.C~箱根口I.C~R1~三枚橋交差点~県道732号・湯本元箱根線・旧東海道~畑宿入口交差点~R1~駒ヶ岳ケーブルカー登り口~R1~宮の下交差点~R138~旭日丘交差点~R413・道志みち
 朝のNHKニュースで箱根駒ヶ岳のケーブルカーが8月31日で営業終了だと知った。私は1度だけ乗ったことがある。いや、1度しか乗ったことがない。
 ある人との思い出が胸に蘇り、私は急遽、箱根に向かった。

近場なのでつい道を覚えようともしなかった箱根。実際、ひとりで行くとなるとどこをどう行っていいのやら。
あの“小田厚”の乗り方すら、うろ覚えなのである。カーナビ・洋子に任せてとにかく箱根湯本の手前までやってきた。
まだ夏休み中だからなのか、平日なのに合流地点ではかなりの渋滞が起きている。
これではだいぶかかるのではないだろうかと考えた。
それなら、以前友人たちと天山へ行ったときの道がすいているのではないかと思い、地図を見て三枚橋を左折してみた。
ところが、それは旅館や民家の間を縫って走る何とも狭い曲がりくねった道で、おまけに前にバスがいたので、
停留所ごとに後ろに続く車の列が長くなっていくようだった。しかし、それも箱根新道の須雲川I.Cまでで、
あとは快適なワインディングの登りだった。寄木会館を過ぎるとヘアピンが連続した。
新道を潜ったり跨いだり、前を走る乗用車が少しジャマに感じた。後続のタクシーはさすがに丁寧な運転である。




右手にお馴染みの甘酒茶屋が見え、坂を登りきると空が開けてお玉ヶ池が広がった。いつ来ても不気味である。
曇天を映した透明感のない水の色と岸辺の葦などを眺めていると、どうも昔の白黒映画「東海道四谷怪談」などを思い出してしまう。
池の向こう側にはキャンプ場もあるが、私はとてもじゃないがコワくてダメだ。(笑)
R1に接続する畑宿入口交差点を直進。左へ芦ノ湖へと下る坂は、先日の台風で崖崩れがおきて通行止めになったところだ。
すぐの大芝交差点を右へ。精進ガ池を過ぎると「国道1号最高標高地点」(874m)の標識がある。
ちなみに、こちらの精進ガ池は周辺に「二十五菩薩」や「六道地蔵」重要文化財の五輪塔や宝篋印塔(ほうきょういんとう)などが点々とあり、
お玉ヶ池よりさらに恐い。




カーナビ洋子が左折しろというので左に曲がった。
私としては、芦之湯温泉から上りたかったのだが、まあ、それは帰りに通ってもいいと思った。
ゲートがあった。朝は何時からだったか、とにかく、17:00には閉まってしまい、夜間の通行はできないとある。
この上にはケーブルカー乗り場のみ。きっとローリング族対策なのだろう。
そんなことを思いながら、夏草が伸び放題の路肩を気にしつつ進んでいく。
見えている山(たぶん二子山)が高く感じなくなったころに乗り場に到着した。バスが入るので入口は広い。
見ると、芦之湯方面からの道は通行止めになっている。1国から来なくて正解だった。しかし、残念でもある。
なぜ通れないのだろうかと、恨めしく眺めた。(理由はあとでわかった)




「駒ヶ岳登り口」駅。
直線のラインが印象的な建物だが、うら寂しい雰囲気は否めない。


 

箱根でいちばんよく見かけるこのバスが来た。駅舎の大きさはこのぐらいである。


 

テレビの影響か、駐車場はあいている場所を探すほどに混雑していた。




裏に、赤い屋根が見える。そこがケーブルカーの発着ホームである。


 

窓ガラスに張られたポスターを見ながら駅の中に入ると、8月なのにストーブが置いてある。もちろん火は入っていない。
きっと夏だからといって片付けることもなく、ただ置きっ放しになっているだけなのだろう。
寒色の色合いが多い、がらんとした寒々しい待合室だ。


 

   

窓口で切符を買う。ついに自販機が導入されることはなかったのだろう。黄ばんだ硬券である。
改札の横に見えるポスターはコレ。キーホルダーには芦ノ湖の向こうにそびえる富士山とケーブルカー、それに
湖畔から駒ヶ岳へ登って来るロープウェイがデザインされている。
しかし、ケーブルカーって、もっと“平行四辺形”じゃないか!?


 

「9時~5時」という、至極明快な運転時間。しかも、午後0時の運転がない。
理由は、当然、「お昼だから」なのだろう。




箱根・駒ヶ岳ケーブルカー「湯の花号」。もう1台は「駒ヶ岳号」である。




運転席。イスはない。
ほんの5分で終点に到着だし、運転するというより昇降装置を操作するといった感じに見える。




座席がほぼ埋まるくらいの乗客を乗せて出発進行。
眺めといえば、芦之湯温泉の上にある箱根最高所の温泉湯ノ花沢温泉(940m)と、
湯ノ花ゴルフ場がいちばん近くてよく見えるのだが、そのゴルフ場の手前に、なにやら白い煙のようなもの?が湧いている。
なんだろう…???と思っていると、
「あー、あれがこないだの台風で…」
と、話す声が聞こえてきた。さっきの通行止めの理由もこれだった。




この映像は、ニュースでさんざん見たばかりだ。

今でこそ、箱根ならどこへ行っても温泉に入れるが、もとは「箱根七湯」と言われる湯治場が箱根温泉の始まりである。
そのうちのひとつである芦之湯温泉から駒ヶ岳へ登る途中に湯ノ花沢温泉が開かれ、
その直上の斜面・硫黄山が、関所周辺の芦ノ湖温泉源泉になっているのだ。
8月25日、台風11号が記録を更新する豪雨でこの温泉供給施設を山ごと崩し、
いまだに手がつけられていない有様がこれである。温泉垂れ流しなんて、あゝモッタイナイ!!




といっている間に離合地点を通過。左側通行ですれ違う。
今まで麓の景色に注目していた乗客の目が、そのときはいっせいに進行方向へ向く。
子どもたちも普段見慣れない乗り物の様子に夢中になっている。
しっかりつかまって前を見つめている背中が真剣だ。(笑)




湯ノ花沢ゴルフ場が眼下に小さくなり、頂上近くの岩の間をカーブしながら通過するあたりは、最大斜度27度だそうだ。
しかし、感覚的にはかなり垂直に近いようにも思える。


 

到着。「駒ヶ岳頂上」駅
階段でコケたら下まで転がり落ちていきそうである。
このとき、ボイラーかなにかのものすごい轟音が聞こえていた。
ケーブルカーは窓が締め切りなので、走っている間は何も聞こえなかったのだ。




改札を出るとやはりこのベンチ
最近の観光地はミョーにきれいに整備され尽くしていて、いまだにこの形のベンチを置いているところは少なくなってきている。
だから非常に懐かしい気がする反面、子供のころに連れられて行った動物園のことなども思い出してしまったりして、
物悲しい気分にもなる。
大体、カメラのフィルムなんて、今じゃ買い求める人はずいぶんと少ないだろうに。
サクラカラーのテレビコマーシャル(これも言わないな)は欽ちゃんだったか!?




駅を出ると、緑の原の上に、雲は多いが青い空が広がっていた。丈の低い笹が茂り、あまり見かけない大きな黄色い花が咲いていた。
前に来たときは秋の初めだったか。今日も、同じような少しひんやりした空気に感じられる。




右のほうに見えるあれは箱根元宮
すぐ北にある箱根最高峰神山(1437.9m)を、文字通り「神の山」として拝み奉る、山岳信仰の聖地である。
最近の若い人はどうか知らないが、神社仏閣と見ればすぐ行って手を合わせたりお賽銭を投げたくなるのが
歳を食った日本人の習性で、あの日もお社を目指して歩いたのだった。
だが確か、風が強く、もう少し寒かったのではないだろうか。行き着けずに途中で引き返してしまったと思った。




左に見える大きな建物はロープウェイの駅だ。湖畔の箱根園から登ってきている。
箱根園は株式会社プリンスホテルが経営する芦ノ湖東岸の一大リゾート施設だ。
私のような貧乏人には縁がないと思い、昔からいちども立ち寄ったことはない。




今日は来てみた。
最初はただ、だだっ広い草原の向こうのずいぶん遠いところにあるものだと思っていたが、淡々と歩いているうちに着いてしまった。
鳥居の向こうにあるのはなんとかいう石だ。
昔はこういったものにもひどく興味を持ったものだが、最近は気にしなくなった。
連れが、そういったものにまるで興味を示さないと、見たいからといって自分だけそこに留まることができないからだ。
見たいと思うかもしれないものを、避けて、無視してしまう。そんな癖がついた。




お社の向こうには富士山が雲の中にうっすらと見える。
ここから神山を経て大涌谷までのハイキングコースがある。昔、バスやロープウェイを乗り継いで、歩いてみたいものだと思っていた。
車という移動手段を得ると、また車のところへ戻ってこなければならないので、どうしたものかとさらに考えた。
だが、いまだにその機会もなく、この先あるのかもわからない。
コースは大涌谷近くの火山ガスの勢いが激しいと、一部立ち入り禁止になることもあると聞いていたが、果たしてそのようである。




元宮から草原を下ってロープウェイの駅へと向かった。
途中、草刈りをしている人がいた。この広い野っぱらで車も使わずにひとりで作業をするなんて、途方もないことだと思った。
そういえば、箱根で2番目とはいっても1500mにも及ばない山に、なぜ木が生えていないのだろう。
この、凸凹とした草原の広がりが、ここの風景をさらに寂しいものにしている気がする。




駒ヶ岳ロープウェイの山頂駅。
なんと奇妙な形の駅だろう。横浜の根岸にある競馬場の建物を連想した。




ここから見下ろす芦ノ湖は、地図の通りの形をしている。
いちばん左の建て込んでいるところが元箱根。その右上に黒々とせり出している半島が箱根恩賜公園
恩賜公園の向こうの町並みは箱根町関所があるのはこのへんだ。関所は今、復元整備計画が進んでいるらしい。
その右は畑引山。広大な箱根やすらぎの森がある。森のふれあい館は有料だが、森を歩くだけならただである。
無料のPもあるしすいているので、お弁当を持ってのピクニックにはいいかと思われる。道の駅箱根峠もこの方角だ。
すぐ右下の大きな建物の一群は箱根園。ちょうど、そこへ降りていくロープウェイが発車した。(27秒/4.4MB)
2km弱を7分の旅である。




ここからケーブルカー駅方面を見ると、間に平たい建物がある。近づくと、どうやら廃墟のようだ。
1996年11月に営業停止した「スノーランド」という施設らしいが、
ネットで検索すると12月~3月はやっているとか、どうもよくわからない。
しかし、このときは全く稼動している気配がなく、索漠とした風景を一層引き立てているだけのような気がした。



(マウスオンで写真がチェンジ!)
あの駅舎は、このあとどうなるのだろう。
放置されればきっとガラスは割られ、落書きがされ、何か出そうな廃墟のようになってしまうだろう。
いっそ、取り壊されてしまったほうがさっぱりするかもしれない。




乗り場に下りるとさっきのボイラーのような轟音が耳についた。
なんだろうと思って音のするほうを窺うと、それはさっきの温泉供給施設崩壊現場のようだった。
木が茂って直接は見えないのだが、吹き上がる蒸気が風向きによって見え隠れしている。
ちょっと動画で録ってみた。音も録れている。
(30秒・4.9MB)


 

下から登ってくる駒ヶ岳号とすれ違う。


 


(マウスオンで写真がチェンジ!)
この線路は撤去されるらしい。
最後に、湯ノ花号と駒ヶ岳号がすれ違うところを録ってみた。(60秒・9.8MB)
この様子を三脚に大きなレンズをつけた立派なカメラやビデオで録っているファンも大勢いた。


 

もと来た道をR1まで下り、宮ノ下からR138で御殿場から山中湖へ抜け、道志みちで帰ってきた。

箱根は実家からわりに近かったこともあって何度も来ている。あまりに近いのでほとんど日帰りだが、
それでも数回、泊まったことがある。最初は小学校4年の夏休みで、家族旅行だった。
登山電車に早雲山へのケーブルカー、大涌谷をロープウェイで跨ぎ、
桃源台から海賊船に乗って箱根町へ渡り、最後はバスで湯本へ下りたのだったろうか。
初めて見る彫刻の森は何がなんだかよくわからなかった。
そのときは、飼っていたセキセイインコの白ちゃんを、バスケットに入れて連れて行ったのだった。
この写真は20年前、恩賜公園の芝生の広場で撮ったものだ。

前回泊まったのは1998年の秋だった。もう7年も経つのかと、今、驚いた。
宿は芦之湯温泉の由緒ある古格の温泉旅館。そのようなところに泊まる経済力は私にはなかった。
たまたま一緒に連れて行ってやると言われ、「ラッキ~♪」と、調子よく“ご招待”されたのだ。
あとにも先にも、旅館系でこれほど豪遊させていただいたことは、他にない。
あの日、チェックインしようとしたとき、窓の外をサルが歩いていた。思わず
「あっ、サルだ!」
と言ったら、フロントのご主人までが見に出てきたので、少し珍しかったのかもしれない。
ケーブルカーはその翌日、大涌谷へ行く前に乗ったのだ。
「乗ったことあるか?乗ってみるか」
と言われて、子供のように。
大涌谷では、お約束の温泉玉子も買ってもらった。
そのころひとり暮らしをしていてバーゲンで買ったヨレヨレのスカートをはいていた私の姿を見て、
「他に服持ってないのか?」
と言っていたと、あとで聞いた。
父の車に乗るときは助手席はいつも弟の指定席だったが、
この人のスプリンター(トヨタのMTのスプリンターしか乗らなかった)では、いつも助手席に乗せてもらえた。
いつも。
駒ヶ岳の頂上で風に吹かれた髪を気にしていたこの人は、私のおじいちゃんだ。
祖父は、この翌年の夏前、82歳で亡くなった。
ほんの2ヶ月前まで、東名を制限速度いっぱいで走っていたのに。
私がどうしても車を運転したくて18歳で免許をとったのは、祖父のように走りたかったからだ。





冒頭の「ある人」で何か勘違いをした人はいただろうか。
それは自分のことで、今は妻子もあり平和に暮らしているのだから、今さら引き合いに出すなどどういうことだ、
迷惑千万、すぐにレポートの内容を削除、発言を撤回して謝罪しろ…などと激昂した人はいただろうか。
もしいたとするなら、それは大きな勘違いというものだ。
そんなことはない、そのときのその言葉は自分が言ったものに間違いない…とあくまでも主張されるだろうか。
もしそれが本当なら、その言葉を聞いたのは私ではない。
このときは、病み上がりの祖母の療養に、祖父・祖母・母・私の4人で出かけたのだ。
写真も残っている。なんなら宿帳を調べてもらってもいい。間違いはない。

許せるものと許せないものと、法律に違反するものとしないものと、忘れられるものと忘れられないものと、
世の中にはいろいろある。思いが強ければ妄想や勘違いも引き起こし得るだろう。
しかし、行動を起こす前に冷静に考えてみてほしい。何か思い違いをしていないだろうか、と。
それが自分の将来に向けて意味のあることなのか、相手にどんな影響を与えるものなのか、と。
自分の思いが正義であり、後ろめたいところもなく、一点の曇りもない真に正しいものであると、
出るところに出て正々堂々と胸を張って言えるであろうか。

ただの復讐だって?あゝ、それなら腑に落ちる。


2005年に戻る