魚肉が沈殿していることがあるので、よく振ってお飲みください。
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観 音 崎


【09.06.29】

古くは家族や親戚との海水浴、友人たちとのハイキング、近年はドライブや飲み仲間とのBBQだの、
三浦半島は横浜の遊び場のような場所である。
なんといっても三浦の車はみんな「横浜ナンバー」だ。
三浦のくせに。
横浜とは風土も人の雰囲気も違うのに。
でも、山が多くて緑が多くて道が狭くて渋滞が多くて、
伊豆をギュッと縮小したらこんなふうになるのかもしれないと思う、神奈川の誇る景勝地・三浦。
大根やキャベツにマグロも有名だ。


 

上大岡は「O」がひとつ足りないとか上げ足を取りたくなるが、地元住民である私たちも
「かみおおか」
と言っている。
まだ横浜市内“わりと”中心部のはずの上大岡が、こんなところから繋がってきているのかと思ったりする。
個人的には、横浜と横須賀の境目は追浜あたりだと感じていた。
あらためて地図を見ると、本当に追浜の手前で横浜市が終わっていた。うーん、市民の感覚。
手前の金沢八景のあたりでも、もう海のにおいが違うけれど。
京急田浦の手前で、三浦の“トンネル群”最初の浦郷トンネルをくぐる。
越えれば船越。長浦湾の雰囲気は、もう貿易港ではない。
横須賀といえば「軍港」のイメージが外せない。
しかし、ここも伊勢佐木町や馬車道同様、かつての異国の香りは消えてしまったように思える。
それでもやはり訪れれば「らしさ」がほのかに漂う。
横浜からほんの1時間くらいの距離なのに、気候が違う。
海の香りが違う。




大滝町を右手に見ながらちょっとR16から外れて海のほうへ出る。「よこすか海岸通り」だ。
広い道の両側に巨大店舗や高層のマンションが立ち並んでいる。その先は平成町。
再びR16に戻るあたりに「海辺つり公園」がある。
小さな釣具屋さんが固まっている大津漁港を過ぎれば馬堀海岸。
自分が丙午なせいか、昔からどうも気になって仕方のない地名だ。
馬が海岸の砂でも掘ったのだろうか?



(マウスオンで写真がチェンジ!)
横横道の終点が佐原から延びてくるのに合わせたのか、まだ新しい感じの海岸通り、
横須賀市の気合の入り方が窺える。


 


(マウスオンで写真がチェンジ!)
走水方面


(マウスオンで写真がチェンジ!)
横須賀方面



堤防に上がれば正面は猿島。
猿島は海岸は明るいのだけれど、鬱蒼とした樹木の中へ分け入って行くといつも背中が薄ら寒い気がした。
夏なのに、熱帯の島のようなのに、どうしても怖かった。今でも多分、ひとりでは歩く気がしないだろう。
海、180度の展望。

南国リゾートのような馬堀海岸を走り切り、右カーブで登りにかかると左手の浜は走水海岸と名が変わる。
右手の山の上には防衛大学校があるので、この辺りでは水兵さんの格好をした人をよく見かける。
下って旗山崎のポンプ場前を右に切れ込むと走水港になる。
小さな湾だが、この辺では貴重なコンビニがある。
カラフルな水中メガネやビーサン、子供が欲しがりそうなバケツや小さなシャベルなど、
夏場の売り上げはさぞやと思われる品揃えだ。
店のおばちゃんたちも、いかにも漁港のおっかさんらしい。




道の左側に観音崎京急ホテルがある。
横浜から東京・埼玉を巡って千葉へ至る長い長いR16の、ここが一方の終点なのだ。
そして前方の緑の山の上に白い観音崎灯台が見えてくる。
この右カーブが観音崎の玄関のようなものだ。


 

駐車場前の浜、観音崎海水浴場は有名なわりには狭い。
遠い記憶では、奥の岩場で磯遊びをするほうがメインだったような気がする。
沖を見ると大小の船やらタンカーやらがウヨウヨ浮かんでいる。
観音崎は、東京湾の出入口である浦賀水道が一番狭くなる場所だという。交通の要衝なわけだ。
横浜港もコンビナートもお台場も、みんなここより奥にある。




京急ホテルはなかなかいい立地だと思う。夕陽の時間はもっときれいだろう。
手前の板敷の歩道には、それ用と思われるベンチがふたつ。
しかし、この時は地元民らしい麦わら帽のおっさんが上半身裸で新聞を広げていた。




すぐ下の小さな岩場。わりあいにきれいな水だった。




灯台が見下ろす海には、「あらゆる国より船こそ通え」と横浜市歌にあるそのままの船たちがいる。
結構近く見える対岸は、富津市。


 

突堤の先のほうで釣りをしている人がいた。




突堤から見たレストハウス方面。



海辺に寄り添うような家々。
ここに住めるのはよほど海が好きだからだろう。

ここ数年、林道に通って山ばかりを見ていた。
山の深閑とした静けさに心打たれる思いがしていた。
それに引き換え、海はいつも何かしらの音がしてざわざわと騒がしいと思っていた。
でも考えたら、私はしばらく海へは来ていなかった。
そういえば14年ぐらい前、訳あって葉山の海へ通いつめたこともあった。
海のおもてをこんなにしみじみと眺め、吸い込まれるように水底を覗き込んだことが、
ここ最近あったろうか…。
生まれ育った、湿気の多い気候温暖な沿岸部に戻ってきたら、身体の鱗が生き返ったとでもいうのだろうか。
私は魚類だったのか。
魚座だからそう思うだけだ。
じゃ、やぎ座やおうし座だったら牧場の緑に安らぐのか?馬だってそうだろう?
だいたい、魚座のアフロディーテとエロスが飛び込んだのは淡水の川だろう。

汽水域は海水と淡水が混ざり合う。私は何で成り立っている。

往路1時間半、復路1時間のプチ・ツーリング。
ツーリングと言うのがずうずうしいような走行距離60km少々だが、
ISO号で、初めて、目的無しに突然思いついて出かけた旅だった。
X-TRAIL・洋子号と御殿場へ出かけた日のドキドキが懐かしい。

横須賀は小学校から中学にかけて、歯列矯正の治療に通った町だ。あまりいい思い出ではなかった。
大人になって浦賀に住む人と付き合ったとき、何度か車で通った。
三浦はどうしようもなく横浜に近い。鎌倉にもつながっている。
西海岸には、また違った雰囲気がある。
今さらながら地元の良さに気付いたような気がする。

今度は葉山のほうを、車では入らなかった佐島や夏に訪れた長井や三戸にも、ISO号で行ってみよう。
だって、ISO号は「磯」号なのだもの。


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