魚肉が沈殿していることがあるので、よく振ってお飲みください。
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葉山


【09.07.03】

葉山へ行こうと思った。

 

いつも、京浜急行で金沢文庫と八景で乗り換えて、
六浦、神武寺と数えて終点:新逗子から京急バスに乗った。
海回り系統の終点が葉山。御用邸前。葉山警察署の前。


 

R16で金沢八景の先、六浦交差点を右折する。
右折レーンはプチ渋滞。素直に車の列に嵌まっている奇妙な原付おばさん。


 

すぐ西六浦交差点を左折するはずが、直進で通過しながら気付いた。
車だとカーナビを見ながら予定ルートに戻ろうと迷走するが、2輪だとネコが通るような横道にでも入れる。
しかし、すぐに道がわからない不便さはどうにもならない。
停まって地図を開く。しかし、7年も前に買った地図には新しくできた公共施設も載っていない。
とりあえず大通りに出るまでとか、営業車の後ろについてとか、走っていく。
六浦の駅前に出たのでホッとすると、すぐまた大きなY字で道がわからなくなる。
しまった、横須賀は道がわかりにくいんだった…と思いつつ、がんばって走ってみる。
頭上に横横道の高架が現れた。地図を出すと、道はあっている。


 

京急逗子線沿いに進んでいくと逗子市のマンホールがあった。
パッと見、上下に悩んだ。が、真ん中に注目。
「逗子」の「豆」のところを図案化したと思われる。




踏切を渡って賑やかなJR逗子駅前に出る。
いつでも鮮魚が大売出しの「魚佐次」の変わらない繁盛ぶりを確認して嬉しくなる。
高校生の多い時間帯で、明らかに横浜とは違った町の雰囲気があった。

駅前ロータリーを出て、すぐ先の京急新逗子駅方面へ。こちらは至って静かに閑散としている。
駅前を左折して田越橋を渡ってすぐを右折する。
ここを直進が「山回り」、右折が「海回り」だ。
別々の方向に分かれたバスが再び出会うのは葉山御用邸の前。

渚橋までの道はこんなだっけ?と思いながら進む。
日影茶屋だ。鐙摺(あぶずり)、清浄寺、こんなに狭かっただろうか。
昔と様子が変わったところもあるがあまり新鮮味がない。
なんといってもよく通ったので。
あの頃はバスだったけれど。いちど夜中に歩いたことがあった。
森戸海岸。ああ、飲み友達とも一緒に来たっけな。
私が書いた「静謐のみどり」という題の文を読んだ友達が、そのみどりの色を見たがったので、
やはり夜中から来て朝を待ったのだ。
葉山の街は治安がいい。御用邸とそれを守る皇宮警察・葉山警察のお膝元だからだ。
夜中にほっつき歩いてもあまり心配にならない。




葉山マリーナを過ぎるとカラフルなビーサンで有名な「げんべい」の前を通る。




ぱっと目の前が明るく開けて真名瀬(しんなせ)漁港に出る。
ここがいつも気になっていたので、今日は岬のほうへ入り込んでみる。
釣舟宿が何軒か、ホワイトボードに魚の名が書いてある。






もう、足元まで海が迫っている。水際が、すぐそこにある。
あれほど恐ろしく思ったねっとりと黒い海が、今はまるで違う爽やかさで打ち寄せている。




あれ、裕次郎灯台だった?




相模湾とISO号。釣り人が数人。今日は穏やかな潮風を浴びながら、ゆっくりと先まで走ってみる。




突端は「柴崎」。いちばん遠いのは「鮫島」というらしい。
左の砂州へは降りられるようで、岩の向こうに動く人影が見えた。


 
(マウスオンでマンホールが!)
海に面したマンションはかっこいいけれど、マンホールはみごとに赤錆びていた。



(マウスオンで写真がチェンジ!)
向こうに御用邸の緑が見える。右に突き出しているのは長者ヶ崎。


 

御用邸のためにあるような警察署、葉山警察。電話番号の下3桁は110番。
所用でかけたときに「ふ~ん」と感心するように納得した記憶がある。
神奈川県の道路パトロールカーが偶然通りかかった。




この交差点を越えたすぐのところが下山橋で、「葉山」のバス停と、きれいなトイレ完備のバス待合室がある。
裏は海回り系統バスの転回場所になっている。

橋にISO号を停めてふと川に目をやると、いた!「ヤツ」がいた!!
こないだ観音崎で人のおにぎりを盗っていった、あの猛禽類だ。



(マウスオンでヤツを拡大!)
め、目が合ってしまった…。
しばらく見ていたが、動きそのものはうちのオカメインコと何ら変わらず、
首をかしげたりして可愛いものである。



 

葉山公園。
車500円、2輪100円だったが、ちょっと先の海辺に停めた。
この公園は海に向かって右の端に歩哨ボックスがある。おまわりさん常駐のビーチ。
何分で交代だったかな、夏の晴れた日なんか、重装備で汗だくで警備している目の前を、
ビキニの女性たちがうろついたり、アベックがイチャイチャしたりするのだ。


 

海の家、設営中。あんな所を走り回っちゃうハイゼット。
そしてここでも出ているトンビの被害。




長者ヶ崎方面。あそこでは小学生の昔、磯遊びをした。
確か祖父が、ゴールデンウィークに油壺のマリンランドへ連れて行ってやると言い出して、
車で出かけたのだが、当然のごとく大渋滞で行き着けず、ここで磯遊びをして帰ったのだ。




逗子方面。緑の草の生えた細長い岩場の元にも歩哨ボックスがある。
あの手前の砂地には、得体の知れない蠢く物がいた。
この浜の海が、初夏の夜明けにぴたりと凪いだとき、一面の碧色になるのだ。
「静謐」とは、海については言わないことだろうか。
あの瞬間に、確かに、海が止まったように思えたのだけれど。






    「覆水」

 彼女の家を飛び出した、とっさに頭に浮かんだ、そこへ行くしかないと思った、バスがなければ歩けばいいと思った、電車に飛び乗った。
 コックが飛んで泡の吹き出しが止まらなくなった消火器のように、手のつけようがなく混乱する頭の片隅で、この駅で降りなければ家に帰れないなと思っていた。家の人間なら、また彼女のところに泊まったと思うだろうと考えていた。とすると冷静でなかったのではなく、冷静になどなりたくなくて、取り乱してバカになってしまいたかったからなのだろうか。
 終着の新逗子駅には人影もなく、自動改札機の作動音が静かな構内に響いた。人けのない駅前の交差点を渡ると、満月に近い月が南の空高くに見えた。海回りと山回りのふたつのバスルートのうち、いつも乗る海回りを辿る。バスだとすぐに見えてくる海がなかなかあらわれない。道を間違えているわけでもないのに、と不安になる。人っこひとりいないのに、真昼のように明るく交差点を照らす、渚橋のGS。ナトリウム灯に浮かぶ、信号待ちの車の運転席が気になる。デニーズの向こうの逗子の海は、全く静かだ。海回りとはいっても、商店や民家の並ぶ町中を過ぎるときは海は見えなくなり、私は月明かりに照らされるだけとなる。野良犬1匹歩いていやしない。なのに、葉山マリーナの灯。夢のようにともるあのオレンジ色の灯の下には、一体いくつの団らんと抱擁があるのだろう。
 足元に広がる海。光もなければ波もうねりも見えない、ただのねっとりした塊にしか見えない大きな暗い水。得体のしれない深みの予測が恐怖を煽る。怖いと思ううちは正気なのだと思う。
 国道近くのバス停はそれほど寂しくもないが、信号が青に変わって、並んだ車が走り去ったあとの暫時の静けさは、途方もない。待合所の、道路に対して垂直に置かれたベンチに座る。後方からパトカーが来て走り去る。「あ‥‥‥」と思う。見つけて欲しかった気持ちと、見つからなくて安堵した気持ちが入り交じる。しばらくして、路上にふたつの人影が見えた。すぐに歩き去ったが、急に心細くなって、100メートルほど先の葉山停留所に移動する。ここはバス停に屋根付きの立派な待合所とWC、電話があって、常夜灯がついている。そして御用邸正門前哨舎の、道路を隔てた斜向かいだ。安心と言っていいのか悪いのか。物思いに耽っても、きっと邪魔が入るだろう。
 ベンチの隅に腰掛け、様々なことに思いを巡らす。なぜこんなことになったのか。‥‥‥別離、敗訴、意気消沈、失職、自己嫌悪、八つ当たり‥‥‥美術館で見た海豚(イルカ)の絵。聖書を題材にとったその絵の中のイルカは、仁王様のような大きな目と鋭い歯の覗く口、それに虹色の固そうな鱗を持っていて、全く異形の怪物としか思えないような姿をしていた。夜の暗い海にはそのイルカがいそうな気がした。波打ち際から踏み入れた足は、とたんに喰らいつかれて、バリバリと音を立てて噛み砕かれてゆく。そんな恐ろしい目には遭いたくない。‥‥‥水死体の醜さは筆舌に尽くし難いものがあるという。風船のようにふくらんだ胴体と、岩などにこすりつけられてできた、生活反応の無いぶよぶよの傷。漂う腐臭。変死体に対面したことのある人間なら、絶対に自殺など考えないというのはもっともだと思う。
 御用邸の警備交代のたびに、向こうの歩道を警察官が通る。全員がこちらを気にしている様子だ。そのうち来るだろうと思うと少し、身構える。ごく普通の一般的な市民生活の中にあってそれを守り、自らもそれから逸脱することのない彼らと話しているうちに、突拍子もない自分の行動が馬鹿なものに思えてくる。時折雨の降る真夜中、女の子がひとりでうずくまっているのは尋常ではない。どんな説明もきっと通らない。3人目の警察官と話し終えるころには、急速に無鉄砲さを反省するまでに気持ちが落ち着いてきた。
 フッと常夜灯が消えた。いつの間にか空が白み始めていた。夜半に突然降り出した滝のような雨も止んでいる。完全に明るくなるのを待って、海岸へ出てみようと思った。御用邸左端から塀に沿って歩くと、突き当たりの角に若い機動隊員が立っていた。私は前を通り過ぎ、5メートルほど先で頭上の騒がしい鳥の声に足を止め、空を振り仰いだ。すると案の定、背後に歩み寄る気配があり「どうかしましたか?」‥‥‥明らかに訝しげな様子でいたので、無線を入れられる前に立ち止まったのだ。始発まで時間があるので散歩に来たという理由に彼は納得がいかないようで、そりゃあ公園なのだから、いつ誰が来ても構いませんけどね、というようなことを非難するようなニュアンスで言い返してきた。不躾な言い方に憮然となる。
 松林に囲まれた、東屋のある広場が葉山公園だ。砂浜から一段高くなったそこにも警察官がいる。別に避けたわけではないが、反対側のスロープへと歩く。「おはようございます」と、頬にホクロのある彼は親しげに話しかけてきた。なんだか蜘蛛の巣に取り込まれたような気分だったが、今度は不快感はない。葉山署所属の警備隊員、袖に銀ラインの巡査部長殿だ。雨も上がり、気温もちょうどよいことなどを話題にしているうちに、「実は夕べからいるんですよ」とぽつりと言ってしまった。「会合で口論になって、後先も考えずに飛び出して来ちゃったんです」‥‥‥私は穏やかな海面上に視線を放ち、彼はふんふんと耳を傾けている。「警備はただ立っているだけではないけれど、でもヒマだと思うことも確かだ」、とOから聞いていたのを思い出した。しばらくして「また来るのなら、また会うかもしれないから、名前とか教えといてもらおうかなぁ」と彼は言い出した。差し出す免許証に目を落とし「あー、同い歳だねー」と、彼は言った。
 交代の時間が来て、その巡査部長殿は場所を移動してしまった。話し相手を失った私は、波打ち際をゆっくりと歩く。橋を渡り、一色海岸と大浜海岸を隔てている、川と岩礁の間にある幅の狭い浜で、私は、歩を進めるたびに周囲の砂が僅かに動くことに気付いた。何だろう?と目を凝らすと、何とフナムシだった。あの、海のゴキブリのような奴である。見回すとそこかしこで砂が動いている。悲鳴を上げてその場から逃げ出したかったが、なにせ足元は砂である。寝ているフナムシを起こさないようにと、抜き足差し足、離脱する。やっと岩場に辿り着いてホッと見上げる芝地に、先ほどの巡査部長殿がいた。「親とか心配しないの?」と言われる。
 バス停には既に何人かが並んでいた。この時間ではいつもの顔ぶれなのだろう。やがて座席に落ち着いた私は、バスの揺れに身をまかせ、薄日の射す白い海を眺めながらうとうとしだした。戻らない気持ちは、寝不足の頭痛にとって変わった。



   「静謐のみどり」

 何というみどりだろう。
 波ひとつ立てず、同じ瓶から流れ出た色のように見渡す限りに広がるみどり。そう、「翡翠色」と称される、あのみどりに近い。
 西向きの葉山の海に、朝日は山を越えて後ろ少し左方向から射してくる。その日は薄曇りで、空はどこを見ても灰白色だった。
 海抜8メートルという公園の遊歩道を歩いていた私は、しばらくして、180度に近い展望の海の左手、長者ヶ崎の方から、だんだんとそのみどり色が薄れだしていることに気付いた。不透明水彩のように延べられた、とろりとした海面が小さく波立ち、白っぽい光を帯び、まるで息を吹き返したかのように蠢き出したのだ。
 刻々と面積を増やしていくそれが光の色であることを、私は初めて認識した。
 月は、自身では発光していないという。恒星ではないあの天体は太陽の光を受け、それを反射しているだけなのだというにわかには信じ難かった事実を、私は思い出した。そういえば空の青さも、大気中の成分が太陽光を反射した結果のものであると、何かの本で読んだ。世に存在する発光しない全てのものは、外からの光を受け、その形と色彩を得ているのだそうだ。
 海は空の色を映しているのだと聞いた。そうだろうか。
 私が息を呑んで見つめた「みどり」は、輝度を増す海面の、ひとときの色だったのだ。
 15年以上も昔、どこだかの文房具屋で「エメラルドグリーン」という名の色鉛筆を見つけたことがあった。緑に青と白を混ぜるとそのような色になることは知っていたが、その色鉛筆はそれとも違う、なんだか不思議な色をしていた。中学生だった私はその色が気に入り、あまり使わず大事にコレクションしていたように思う。
 そのエメラルドグリーンが今、遙か伊豆半島の彼方、太平洋の水平線までまっすぐに広がっているのだ。
 しかし、ほんの10分か15分で、その天然色のショーは終わってしまった。気付いたら終わっていたのだ。せっかく移りゆく色を眺めていたのに、途中から御用邸警備の警察官に話しかけられてしまったのだ。
 数日後、日の出から時間にして3時間ほど遅く、抜けるような五月晴れの空から直射日光をまともに浴びた海は、南国の絵葉書のようにところどころ濃く、薄く、プルシアンからコバルト、セルリアンに輝いていた。湿気のない爽やかな風に吹かれながら見るそれは、理想的に美しい風景だった。しかし、波頭の飛沫まで同じ色をしていた、怖いように静かなあのみどり色は、私の中から消えそうにない。



※ 1995年8月10日 横浜セクシュアルハラスメント裁判を支える会事務局 発行
   会報「クラブA」 No.14から


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