魚肉が沈殿していることがあるので、よく振ってお飲みください。
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仲良し・箱根ツーリング
(爺婆3’s)
【09.10.04】

 

仲良し3人で箱根ツー。
厚木のセブンイレブンに集まってR129を南下、小田厚に乗ると見せかけてその側道を走る。


 

小田原27km。遠いのか近いのか。そして西湘BPに入る。




西湘P.Aはバイクだらけだった。その潮騒を上回る騒音に驚く。4輪Pの比ではない。
タイヤの数が半分なのにどうしてこんなに大きな音がするのか。
体積が小さいからその分台数が多くて、それで音もたくさんになってしまうのだろうか。
バイクがこんなに大きな音を出さなければ世間からもっと嫌われずに済んでいたことだろうにと、
つい思ってしまう。


 

「西さがみ」とは、気付かなかった表現。
ここへ来るのは実に久しぶりだったので、見慣れているのに海の写真を撮ってしまう。


 
(右写真:マウスオンでチェンジ)
P.Aから東の平塚方面と、西の小田原方面。



(マウスオンで写真がチェンジ)
このあたりの砂浜は富士山の火山灰だと聞いたことがある。だから真っ黒なのだと。確かに黒い。



(マウスオンで写真がチェンジ)


(マウスオンで写真がチェンジ)


(マウスオンで写真がチェンジ)
思っていたより海がきれいでびっくり。
このところ、神奈川県の海のきれいさに驚いてばかりいる。
小学校の遠足の時の江ノ島は泥水の色の海だった。透明度ゼロ。
砂浜なんて、東京の夢の島の一部みたいなたくさんのゴミがうち上げられたラインができていた。
山下公園も臭いばかりで全然ロマンチックじゃなかった。ゴミがいっぱい浮いていたし。
なんて貧しい「海」の記憶なのかと寂しくなる。


 
(左写真:マウスオンで写真がチェンジ)
朝メシ抜きのおふたりの朝メシ、「まうどん」と「つばきっきつねそば」。

このあと、風祭でR1に降り、
箱根湯本手前の三枚橋T字路を左折で県道732号湯本元箱根線(旧東海道)を上る。
並走する箱根新道と腸捻転みたいに絡み合うあたりも、秩父の舗装林道よりラクに駆け上がり、
甘酒茶屋に到着。(ここって、「難所」じゃなかったの?)


 
(左写真:マウスオンで写真がチェンジ)



箱根ではとにかくやたらと有名な場所。Pは狭いので要注意。



(マウスオンで写真がチェンジ)
囲炉裏があった。


 

外から見えていた茅葺屋根の、その一軒の内部のみ。というか、外装だけの作り付けではなく、本物。


 

梁が太い。自然の形が残っているところがすごい…。


  

近代の冷暖房・換気設備なし。
土間はコンクリでもタイルでもなく、土。小銭を落としたら音がしなかった。


 

いつでも怖い雰囲気のお玉ヶ池付近を通過、元箱根へは下りずに湖尻~大涌谷を目指す。
しかーし、ものすごい渋滞。大涌谷のP待ち渋滞。
こりゃあ、上っても大混雑必至。


 

すり抜けができない30は無理をすると危ないので、mauさんが1人特攻をかける。


 

こんな看板できたんだ…。
戻ってきたmauさんに混雑の様子を聞いて大涌谷は断念、仙石原へ向かう。



(マウスオンで写真がチェンジ)
そういえばこの季節だった!仙石原のススキ。
ただ一面にススキの穂が出ているというだけのことなのだけれど、何とも美しい。
風が吹くとまるで海原のように変化する。




まだちょっと早いかな。もっと白く、銀白色になるから。




何があるわけでもなく、ただ、このススキの中の道を行って戻ってくる。



(マウスオンで写真がチェンジ)
幽霊に見えるというのは枯れ尾花。まだつやつやと赤いうちが好き。




ここでエストレヤの“彼女”に話しかけられた。
沼津の人だったか、箱根辺りはよく走っているという。
「ガシャガシャしたとこ行きたくて…」
ということでDJEBEL200を候補に挙げていたそうだ。
女性ライダーに話しかけられるなんて、というか、
見ず知らずのライダーに話しかけられるなんて初めてのことで、
どぎまぎしてしまって何を言っていいかわからなくなり、
「これ、おっそいですよ」
なんてドウシヨウモナイことを言ってしまった。
ベレー帽の似合うロングヘアの彼女。可愛かったなぁ…。




ススキの原を走り抜け、乙女峠方面を目指す。
トンネルへと大きく右へカーブする手前から左へ、長尾峠に向かう。


 

長尾峠は、FORESTER納車翌日にドライブに来た場所。
それより以前にkiriの運転するプリメーラで通ったときの印象は、「ライダーがものすごく多い」…だった。
あらためて来てみて、「走り屋が多い」道だと思った。



(途中からの景色は、マウスオンで写真がチェンジ)
県道401号・深沢仙石原線はただただ長尾峠に上がるためだけにある道。
地図で見ても周囲にあまりに何もなく、元々は林道か?と思えなくもないような。
そう思って調べてみると、蓑上誠一さんのHP「峠と旅」(トップページは音が出ます・笑)が詳しかった。
是非とも、「峠リスト」 → 「な行」 → 「長尾峠」を見ていただきたい。
蓑上さん独特の語り口で、その昔は国道であったことなどの峠と道の歴史が紹介されている。
写真がいい感じに古くて実に味わい深く、ついつい他の峠も見に行ってしまったりして、
なかなか元のサイトに戻ってこられないという、魅力あふれる嬉しいHP。
(私がいちばん好きなのは「野宿実例集」の生理現象絡みの悲惨なハナシなのだけれど…!爆笑必至)


 

上って行くと小さな右カーブの先にトンネルがある。
左側の茶店「見晴亭」の前に、やはり停まってしまう。
以前FORESTERで来た時は確かに営業していたのだけれど、この日は無人で廃業?してしまっていたようだった。




何と書いてあるか、気になる人のために。
昔の書き方は右から左へ。
「長尾隧道 明治四十五年一月 公平書」
開通は明治45年、その後昭和26年に修築されているそうだ。
「公平」は、1900年(明治33年)6月16日から1912年(明治45年)1月12日まで神奈川県知事だった、
長州人:周布公平(すふこうへい)のこと。その人の揮毫だ。
わかってみると、その古さに比して、見る側が戸惑うほどに平明で優しげな筆の運びがなんとものどかで、
どんな気持ちで紙に向かい、どんなふうに書いたのかと、人柄が偲ばれるような不思議な書体。
あと、ここはいわゆる心霊スポットらしくて…。
このたび調べてみるまでは全く知らなかったのだけれど、でもそういう話はありがちだし…。
東海道の第2ルートだったとか、国道だったとか、富士演習場へ行くための軍事道路だったとか、
「長尾峠」よりも「長尾隧道」でググったほうが、もっともらしい話が出てくるような気がする。


 

そして、誘うようにトンネルの脇へ入っていくあの道…。
「10分」
という文字に安心して行ってみることにする。
かなり湿った急斜面に木杭と土留め板で階段っぽいものが作られているが、この段差が高いと結構キツい。


  

笹で覆われた山?という感じ。鬱蒼と茂る大小の笹は、斜めに切り欠かれた株などを踏むと危ない気もした。
なんだかハイキングコースになっているようで道標がいくつもあった。




はひはひ言いながら10分以上登ったらば、素晴らしい景色が見えた。




このへん、ゴルフ場が多い。
正面の山は駒ヶ岳(1356m)。山の左中腹に削れたように山肌の出ているところが大涌谷。
ずっと左に山裾をヒゲ剃りで剃ったようになっているところが、さっき通った仙石のススキの原。



(マウスオンで大涌谷)
これが全部ススキ。
このあと、長尾峠目指してさらに登ってみたものの、というか、
道が登りになっているので登った先が峠なのだろうと思って登って行ったのだけれど、
途中で、今登って来た方を指す矢印看板「長尾峠」というのに出会い、
「こりゃ~、やっぱり通過してるよな…」
と戻り下ったところ、この杭を見つけた。


 

そして、和気あいあいと木漏れ日の中を下って来るmau&ツバG。
結局、長尾峠というのはこの杭が立てられているだけで、笹原に覆われた展望も何もない場所だった。




さて、無事下ってきてトンネルを潜り、いよいよ御殿場側へ下ることに…。
あ、あっけなく下りきってしまいました。
写真を撮るような場所も余裕もなかった感じで。

さて、御殿場市街地へ降りてきて「お昼ごはん~~~!!」と思った時刻は15:00過ぎ。
mauさんの案内でこちらのお店まで走ってきた。




この時15:14。中休みの終わるのは16:00だった…。
45分が待てなくて、何を思ったか富士山に向かってしまった。
「富士山行こうよ」
と、30が平然と言い出したからだ。
30にとって
「富士山スカイラインで新五合目に行く」
というのは、ちょっとその先のコンビニに行くぐらいにフツーな感覚であることに、
東京都民と埼玉県民が気付いていなかった…。


 
(マウスオンで写真がチェンジ)
御殿場からフツーに走って行ったところ、なぜだかどんどん寒くなっていった。
なぜだかって、標高が上がっているのだから実は当たり前なのだけれど、
今まで車でしか来たことがなかったので気軽なドライブコースだと思い込んでいて、
気温のことなどほとんど気にしていなかった…。
スカイライン入口に着いた時は、ガタガタブルブルで、カッパを引っ張り出して着込んだ。




mauさん、XR100:うりぼう号との思い出の場所。(笑)



(マウスオンで写真がチェンジ)
上りは「あわてずゆっくり」、下りは「気をつけてお帰り下さい」。


 

下からは、雲に隠れていた山頂。雲を抜けて上に上がれば雲海を見下ろせることが多かった。
だから、今日も上は晴れているだろうと軽く考えていた。
ところが登れども登れども雲は晴れず、結局登り切った五合目も雲に包まれていた。そして、

寒いっ!!

…とにかく寒い。もう、それだけ。寒いだけ。




五合目記念写真。



(マウスオンで黒たまご)
すっげー寒くてどうにもならず、ホカロンを開封してポケットにつっこんだりしながら、
mauさんが先ほどいつの間にか大涌谷でGETしてきたという黒たまごをありがたくいただく。でも寒い。




しかし、天は我々を見放さなかった…



(マウスオンで写真がチェンジ)
山の天気の変わり易さ、この五合目ではよく見られる雲の変化の妙。
音もなく眼前に噴き上がる雲や流れ出す霧。
自然の一時と停まることのない様子にただただ見とれるしかない。




南の駿河湾を望む富士宮口五合目ならではの展望…。
30にとっての「富士山」の、基本がここにある。
そして振り向けば…



(マウスオンで写真がチェンジ)
山頂だ!



(マウスオンで写真がチェンジ)
遠くから眺めている雪を頂いた独立峰、霊峰富士の秀麗な姿の印象は、ここに来て初めて改まる。
ぬかるみ崩れ、草木を拒み、冷気と強風で人の心を萎えさせる、この嶺の、
しかし中腹までをも人の手によって侵略され尽くしてしまっている裸の姿。
蟻の群がる砂糖の山。
それが日本一の山。



(マウスオンで写真がチェンジ)
スカイラインで登る新五合目の雲海の素晴らしさは、数葉の写真ではとても伝えきれない。
もちろん、雲のないときも…。
これを見たいが為に、登り来る道は、いつも過酷とは思えない。




また、いつでも来る、この場所。






(マウスオンで写真がチェンジ)
さて、「魚啓」、夜の部。



(マウスオンで写真がチェンジ)
mauさんのキンメ煮魚定食。



(マウスオンで写真がチェンジ)
ツバキッキさんと30のおまかせ丼。
どう考えても、この盛りはヒジョーシキだっっ!!\(^o^;)/
ネタはどれも新鮮で、文句のつけようのないおいしさ。
大胆にカニの半身が入ったお味噌汁も無論美味♪
何度も通ってメニューを制覇していきたいお店って、こういうところなのかなと思ったりもした。
何より、持ち帰りコーナーの刺身等の特価品が魅力的♪
クーラーBOX持参で来るといいかもしれない。




さて、食後に本日の〆として小山のゆったり湯を目指してみたのだけれど、
鈍足30が足を引っ張ったせいで受付終了時間にわずかに5分間に合わなかった。(泣)
そして、このショッキングなお達しは何!?


…後日、mau・ツバキッキ・30の3人だけの、このチームを

「爺婆3's(じばさんず)と命名。

< 総走行距離 288.4km >


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