魚肉が沈殿していることがあるので、よく振ってお飲みください。
 Copyright © 30 All Rights Reserved.


霞橋

【10.4.2】



横浜市認定歴史的建造物「霞橋(かすみばし)」。




81号藤棚浦舟通の最高所、西区霧ヶ丘56~南区三春台90に架かる鉄筋コンクリート製のアーチ橋。
下を通る横浜市営バスは横浜駅~滝頭車庫の102系統と68系統。このルートは昔々の「市電」のルートで、
滝頭車庫内には「市電保存館」がある。


 

作られたのは昭和3年(1928)。設計者は「内務省復興局」だということだが何からの復興なのだろう。
ちなみに打越橋や山手隧道は同年の竣工、ホテルニューグランド本館が1年前の昭和2年竣工。
他にも相前後して中区や山手地区で昭和ヒトケタ生まれの建築物が続々と誕生している。
横浜が何かで沸き立っている頃だったのだろうか。




 

横浜市都市整備局の階層を掘り下げると出てくる「認定歴史的建造物一覧」。
写真が見られるので親切だ。
小学生が夏休みの自由研究で見て歩いたら結構評価されるかもしれない。



(マウスオンで左側の花壇)
西区側。左右に花壇が作られている。




右側の階段を囲んでいるこのレンガの壁が歴史を感じさせてくれる。



(マウスオンで夜景)
階段の下はバス停。ここには昔から公衆電話と公衆便所があった。
建て直されてはいるけれど、「シビックデザイン」の代表例とかいう話だ。




西区側から南区側へと橋を渡る。その時の左手の眺めがいい。




写真がよくない。本当はもっときれいなのだけれど。

西区側の住所は「霞ヶ丘」、南区側の住所は「三春台」なので、この坂を三春台の坂とか呼んでいる。
霞橋のかかっているところがこの坂の頂上で、
この風景の反対側、右側の横浜駅方面、西区の藤棚町へと降りる地域を「境之谷」と言う。
この谷の左右の高台は坂だらけで、ちょっと地図を眺めただけでも、西区霞ヶ丘には「霞坂・植勘坂・丘友坂・石坂」、
南区三春台には「久保山坂・西坂・東坂・新坂・旧坂」、
西隣で山続きの庚台には「清水坂・庚の七曲がり・庚坂・しおくみ坂・百段々」という文字が見える。
「久保山」という坂、これは「久保山墓地」へと続く坂だ。
市中心部の航空写真でも、そこだけ建物や住宅の無い緑が広がっている。
外人墓地は観光地だけれど、久保山墓地はそうではなく。
付近には大小のお寺もたくさんあって、ばーちゃんちも法事の時はお坊さんを久保山から呼んだりする。




南区側。西区側より広くなっていて、ポツンと電話ボックスがある。




路駐スペースもガードレールの切れ目もないこの坂で駐停車する車はいない。
通勤通学営業車、みんなみんな毎日ただただこの橋の下を通り過ぎる。桜を見上げながら通り過ぎる。




横浜の財産、霞橋。


2010年に戻る