魚肉が沈殿していることがあるので、よく振ってお飲みください。
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【10.10.17】


(マウスオンで写真がチェンジ)
6号・甲府韮崎線の竜地交差点から「茅ヶ岳(かやがたけ)広域農道」に入っていくらも行かないところで、突然、左手に現れるコスモス畑。
山梨は盆地に都市機能が集中していて、何かキュッ!としたような感じがある。
埼玉は落とした水滴がそのまま周りに染みていったような、広がった感じがする。
広大な、とは言っても、コスモス畑はこの写真がギリギリの大きさだったりする。
「広さ」
という点で、山梨は頑なな気がする。
…な・ど・と・昨年秋、このレポを作りかけた時、私は自分で書いている。
生意気に、一体何を思ってこんなことを書いたのだろうか。
視野の狭い私が、山梨や埼玉の何を、知っているというのだろうか。
この日は曇天で、でも10月に入って毎週“韮崎通い”をしていたし、友達と山梨で会えそうな話になっていたので、来てみた。



(マウスオンで写真がチェンジ)
甲斐市双葉農の駅。




長ネギとミョウガを買った。




「マイ・チェリー」!!(笑)

茅ヶ岳広域農道を夜走ると、ここの色とりどりの電光看板が出城のようにあちこちにあって、それがまた実に目立つ。
農道を清里方面から韮崎方面へと南下して来ると、最後にこの“本城”が姿を現わすのだ。
今日は最初に全容を拝んでしまった…。

未完の2006年11月5日「紅葉のクリスタルライン、再訪」のラストに使うはずの写真を発掘してみた。




…こうして見ると、夜と昼とどっちが派手か甲乙つけ難い気がする…。
昭和の時代の残り香もあるけれど、やっぱりもう平成っぽい。



(マウスオンで写真がチェンジ)
ここは「銀河鉄道展望公園」。その名の由来となった夜景色を見るには、辺りが暗くなる時間にここにいなければならない…。
横浜まで帰る道のりを考えると、なかなか…。
(マイ・チェリーに泊まればノープロブレム!と、今思った。ひとりでも泊めてくれるかな?笑)




「明野ふるさと太陽館」前の直線では、前方に八ヶ岳の独特の姿が。天気がいまいちなのが悔やまれる。



(マウスオンで写真がチェンジ)
道の右手に旧山梨県立フラワーセンターの「ハイジの村 花と星空のテーマビレッジ」がある。
道の左側の広い砂利駐車場(?)から南アルプス方面の山々を眺める。


 

あれは…地蔵岳のオベリスク? / 甲斐駒?



(マウスオンで写真がチェンジ)
ネギと畑の向こうに八ヶ岳。
この辺の人たちはこんなに普通にあの山を見ている。
横浜に住んでいてしょっちゅうみなとみらいの夜景を見るのとか、富士山周辺に住んでいて毎日富士山を見てしまうのと、
同じような感覚なのだろうか。




ダイワヴィンテージゴルフ倶楽部の先で23号・韮崎増富線(増富ラジウムライン)に接続して茅ヶ岳広域農道は終了。
孫女橋を渡って右折、そのままラジウムラインを北上して新紅葉橋を渡り、鳥居坂トンネル。
地図を見るとトンネル開通前の道がトンネルの左手に伸びている。まだ通れるのかな?




トンネルを抜ければほんの3kmも行かずに「塩川ダム」湖の「みずがき湖」に到着。
ここの植栽の美しさは、ちょっと他とは違う…気がする。
同じものを植えても、水と空気と気温の違う神奈川県などではこうはならないと思う。

※ 2003年10月27、28日 「あまりに山深い『茂来林道』」








氷結保存でもされたようなアジサイの色合い…。
箱根の仙石から御殿場へ降りる道すがらのアジサイの紅葉も楽しみだけれど、こういうやさしい色もなかなか



(マウスオンでみずがき湖のアイドル!)
中に入ると驚くほど広々としたみずがき湖ビジターセンター。
ちょっと来ないうちに「アイドル」が誕生していた…!!




もしかして、「ゆるキャラ」?
ものすごい「手作り感」。(笑)


北杜市の地図を見ると「道」が少ない。迷いようがないほどに目的地に向かう道はほとんどそれしかない。
けれど実際に走ると、場所と場所の間の距離がものすごく長くて、
その空間移動に要する時間が、不安を感じるほどに長い…。
友達からのメールは清里のあたりにいるという内容で、こりゃもう会えないなと思った。
地図を見ていないのだろうと思った。

何も無くとも会ってしまう運命、何があっても合わない運命、そういうものなのだなと、思った。




本日の目標だった、林道「比志海岸寺線」。






静かな林の中の道。
都会では、周りにあるのは知らない大勢の人波だったりする。ここでは木立や落ち葉、山の空気だ。
スタンドを立てようとした足元の枯れ落ち葉が、
「踏まないで!」
と言っているような気がした。
そこは栗の樹の下だった。小さな「イガ」と、踏み潰された栗の実があった。思わず持って帰ろうかという衝動が湧いた。
でもすぐにその意味の無さを感じて、ただ見おろし、眺めた。



(マウスオンで写真がチェンジ)
林の中を走る幸せ。
郵便局の簡易保険によって道ができたという標識はよそでも見たことがある。

※ 2006年10月6日 勝沼町・大和村探索 菱山深沢&大志戸林道(30ソロ・ドライブ)


 

三叉路に出た。とりあえず右に出て停まると、今出てきた道のほうに林道看板があった。
比志海岸寺線、どこが終点なのかよくわからない道。
今思えば、この時、終点どころか自分のいる正確な位置すら把握していなかったのではないかと思う

道の少ない山の中。
この道は、この道以外に無いだろうという思い込み。
もしかしてと焦る気持ち。
走っているうちにどうもおかしいと思い始め、不安感に耐えられなくなってようやく停まり、地図をチェックすると、
予定外の知らない地域に入り込んでしまっていたりする。
慌てて戻る。
慌てると…

「あっ」

と思った時はもう既に遅い。










下り右ヘアピンの出口だった。
なぜこんなところでコケたのかわからない。たぶんオーバースピード。
でも、咄嗟にもう少し右へ切るとかリアブレーキでもかければコケずに済んだはず。
ダートの砂利に掬われたときのことを思えばどうってことなかったはず。
つまりは未熟者ってこと。
右に倒れた。エンジンがかかりっぱなしだったのでキルスイッチで止めた。
車体と地面の間に右足首のプロテクターを挟まれてちょっともがいたけど何とか脱出。
これが無ければ大ケガだったのか、それともスルッと抜けていたのか、わからない。
右膝を強打したのはわかっていたけれどとにかくバイクを起こさなければと思って、
でも起こしたらば左路肩の落木にスタンドが乗ってしまい、困った。
下り勾配だし、左側に入る隙間が無いのでもうそのまま乗って、少し前へ出して停めた。
右のハンドルガードがグラグラだったけれど他に壊れたところは無さそうだった。
でも、これ以上のツーリングの続行は危険と判断、帰路につく。12:29。
友達にコケたとメールを打って韮崎方面へと下る。
ところがまたもや道に迷いまくる…。(泣)
何度も地図を見直して、ようやく韮崎のパン屋さんに辿り着く。
パンを買ってすぐ先の道の駅にらさきに入る。膝が、どうしようもないくらいに腫れてきた。
道の左側にドラッグストアでもあれば冷えピタでも買おうかと思ったけれど、こういうときに限ってそんなお店が、無い。
たまらず、コンビニに入って探してみたけれど、無かった。
…もうこの状態では一刻も早く帰りつきたい。でも、この足で高速道路には耐えられそうにない…。
結局、激痛を堪えながらR20を走り、その先の渋滞のために大月からリニアルートで秋川村を通り、
宵闇迫る牧馬峠越えは半ベソ精一杯の激遅な走りで、何とか宮ヶ瀬北岸道路を閉鎖時刻前に通過。
それから厚木へ降りてR246で保土ヶ谷BPへ。

山梨からの帰りがこんなに辛いとは…。
あまりの辛さに無口なレポになってしまった2009年9月20日の大弛峠ツー以来の悲しさだった。

…何とか横浜へ戻ってきてSBS南に直行。
ハンドルガードが左しかついていないのを見て、
青山店長「どこに落っことしてきたの?」
30「やまなしー!」
高見社長「ハンドル曲がってないか?」
青山「曲がってる、曲がってる」
私が見てもわからないのだけれど、運転していてなんか変だと思っていたハンドルは、やっぱり曲がっているらしい…。


 
 (右写真マウスオンでチェンジ)
昇天したハンドルガードはちゃんと持ち帰って、後日横浜市のプラゴミに。(やまなしー!に不法投棄なんかしてきていません)

SBS南の青山店長が言っていた。
「これが逝っちゃうって相当な力だよ」
…そう思う。いちばん外側にあっていつもDJEBEL:YOKO号と私を守ってくれた小さなプラスチックの部品。
ありがとう、ごめんね。私の不注意でこんなにしてしまって。


今回、DJEBELで初めて

「走行中」

にコケた。
よく交通事故のニュースで
「全身を強く打って死亡しました」
と報道されるけれど、今までは人ってそういうことで死ぬのか?と思っていた。でも、今回、間違いなく
「死ぬな…」
と思った。

あの地面に叩きつけられる衝撃は、凄いものだ。
…以前、JOG・アプリオ:ISO号で、同じ「下り右カーブ」で転倒したことがあった。
車体の左側に投げ出されてヘルメットのアゴにえぐれるほどの傷が入った。
もっと装備を考えないといけないかと、思う。林道じゃないからって、ちょっと油断していたかもしれない。
あと、走ること自体に、慣れたことによる慢心があったかもしれない。
反省。

今までの転倒は全て「立ちゴケ」で、とっさに逃げて、スネあたりにちょっと青アザ…ぐらいで済んでいた。
でもここ2回は下敷きになっている。今回も右足首を挟まれて、脱出するのに少々時間がかかった。
伊豆スカ立ちゴケの時のようにひとりじゃ絶対に脱出できないようなことになってしまったら、誰かが通りかかるまで待つしかないのだろうか…。
考えるとすごく深刻な気分になってしまう。
あれから走りが少々ビビリモードになっている。


< 総走行距離 359.4km >

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