魚肉が沈殿していることがあるので、よく振ってお飲みください。
 Copyright © 30 All Rights Reserved.





【2013年4月22日】

野暮用でランドマークタワーへ行った。



神奈川県庁舎。周りに大きなビルがいくつも建ったので、キングと言うほどの威容が感じられなくなってきた。




ジャック。あれ!対面のセントラルグリルのコーラ看板が見当たらないけれど…?
調べたら、どうやら閉店・解体のよう。残念です。




旧生糸検査所前。右の赤いヤツ。現在は横浜第2合同庁舎。
古い建物の真ん中にズボッと近代的な高層を建てこんじゃうという構想は誰の発想なのか。




馬車道駅入口らしい。何だか東京へ来たみたいだ。




左のTOCって、コレットマーレのことかな?よくチラシが入ってくる。行ったことないけど。
正面は手前から県民共済プラザビル日石横浜ビル、横浜銀行本店ビル。
あんなに重なっちゃあ、せっかくのデザインが生きない。




新しいビルがどんどんできるので、もうすっかり目立たない感じのクイーンズタワーたち。




ランドマークタワーの上のほうはホテルで下のほうはショッピングモール、その間はオフィスフロアになっている。




初めてそんなフロアに足を踏み入れたらば、
いわゆる「お客様」に来ていただく階と違って天井が異様に低く、床もフカフカとした頼りない感触で驚いた。




窓もガラスというよりプラモデルのアクリル板といった感じのする窓で、
ビニール袋を通して見るような不鮮明な景色がどうにも不安な感じがした。
赤いテントは公演中の木下サーカス




左に出っぱっているところが横浜銀行本店だったところ。その前は第一銀行横浜支店だったそうだ。
横浜市認定歴史的建造物。そして今は横浜アイランドタワーという名のオフィスビルらしい。




象の鼻パーク大桟橋の向こうに氷川丸
氷川きよしの名を初めて聞いたとき、妙に懐かしいような馴染み深い感じがしたのは、この船のせいか。




げげっ!横浜美術館の向こうは広い空地だったのに、いつの間にこんなにうじゃうじゃと…。
横浜ってこんな町だったっけ???




あれがウワサのマークイズみなとみらいか。
スカイビルすら行ったことがないのに、これからの横浜は一体どうなっていってしまうのやら…
こんなジグソーパズルがあったらやりたくないな。(笑)




これは三菱重工横浜ビル
遥か彼方にうっすらと低い山。あとはどんよりと薄雲りの空が広がるばかり。
きれいに作り込まれた街並み、道路、贅を尽くした都市公園。どこもかしこも人の手が入らないものはない。




ランドマークの駐車券はランドマークタワー柄だった。(笑)




さくら通り西交差点からJR高架を潜ってみなとみらい地区を脱出する。正面に紅葉坂。
その左手高架下に駐輪場を発見。バイクも停まっている。
バイクを停めたいのに駐輪場がなくてなくて困っちゃうこの地域では貴重な場所かも。

伊勢佐木町の有隣堂で本を買ったり、ダイソーやユニクロ、三井住友銀行に行くときは、
旧松坂屋(現カトレヤプラザ伊勢佐木店とJRAエクセル伊勢佐木)裏にある横浜パークプレイス1Fの無料駐輪場。
パークプレイス隣の三井のリパークの一部がカトレヤプラザ専用駐輪場。1時間無料。この2ヶ所はおススメです
有隣堂裏のアットパーク伊勢佐木モールバイクはいつも満車。
ジャックモールの駐輪場はモール自体が終わっちゃったみたいだけれど?
横浜ベイクォーターの駐輪場はバイク2時間まで無料!設備抜群でGOOD。




JRの車窓からよく目についた第一測量。
できた当時はハデハデで目立ったブリーズベイホテルも、今じゃ、ちっちゃく町に埋もれている。
名誉支配人が高橋英樹だなんて、今知った。(笑)




この手前を左へグーッとカーブして、そこから本町方面へ弁天橋を渡るとき見たのは、
YAMAHAインドアテニススクールの黄色い文字の電気看板。もう跡形もないし。




尾上町交差点。横浜第一有楽ビル1階の紳士服のコナカと秋山眼科の看板は変わりがない。
でも対面の、あの斬新なデザインのビルはやっぱりテナントが入れ替わり立ち替わりらしい。
そういう建物って、あるよね。




まっすぐ進めば大きなスクランブルの市庁舎前交差点で横浜スタジアム…というか、横浜公園
最後に行ったのは玉置浩二のソロコンサートだったか。




横浜市役所。独特の外観は、見て気が落ち着く。
みなとみらいの帰り、この辺まで来ると後ろの新築巨大ビル群が気にならなくなる。
この先は、地名だけはやたらと寿ぎ感があるけれど実態は美人の内臓のようなアンダーグラウンド地帯。


私が、「横浜の30です」…と自己紹介する時の「横浜」は、セントラルグリルのあった時代の横浜。
人生が本当に50年なら、もうあと数年でその時が来る。
そうでなくとも、雨後のタケノコのような勢いで次々と聳え立つ新しい建物や施設を、
とっくの昔に追いきれなくなっている。

富士吉田の人が富士山を見るように、秩父の人が武甲山を見るように、
山梨の人が甲斐駒や南アルプスを見るように、横浜ではランドマークや新築のビル群を見る。
こういう「都会」が、やはり永遠の憧れの町なのだろうか。


2013年に戻る