魚肉が沈殿していることがあるので、よく振ってお飲みください。
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【2016年6月2日】

絵が好きだ。絵画が好きだ。
初めて絵画を見たのは小学生の頃、叔父に上野の美術館に連れて行かれたときではなかったろうか。
読書も同じ頃知った。叔父がくれた横溝正史が最初の文庫本だった。(よりによって「鬼火」)
趣味の原点。始まりはこのあたりにあると思われる。

録画して見ているNHK3ch日曜朝の番組「日曜美術館」
要チェックは本編終了後の「アートシーン」。
今、見に行ける、行った方がいい、行くべきな、行かないと間に合わない、
そんな情報が15分間にギュッと詰まっている。
その前夜、土曜22:30~東京12ch「美の巨人たち」も必見。
制作会社は違っても今現在の「美」を追う姿は一緒で、
双方の番組がほぼ同時に同じ展覧会・画家・テーマを扱うこともある。
そのどちらで見たのだったか、クリムトの「アデーレ・ブロッホ・バウアーの肖像」の映画の話。

少し前から、職場の若人たちの映画話が気になってはいた。
地元、横浜。もともと関内あたりは日本有数の映画街だった。
馬車道東宝伊勢佐木町東映、日活、松竹、ピカデリー、関内アカデミー他にもたくさんあった。
(当時の写真がたくさん見られる「映画館専門サイト「港町キネマ通り」http://www.cinema-st.com/index.html」、参照)

子供の頃、父が映画館の優待券をよくもらってきた。
弟は3歳年が下だったのでまだちょっと子供だったのかもしれない。専ら私が見に行っていた。
時は角川。犬神家の、湖面から突き出した2本足が日本を突き動かした。金田一さんは石坂浩二。
日本人初のオールヌード、草刈正雄の「汚れた英雄」。ローズマリー・バトラーの主題歌は今でも頭の中で鳴る。
「復活の日」。外人がいっぱい出ていた映画。水面を割って浮上してくる潜水艦の迫力。恐ろしかった。
そして知らない言葉が流れて初めて「字幕」というものを読む
エンディングが忘れられない。ジャニス・イアンの「You Are Love」
世界が終わってしまうかもしれないと、身の周りの小さな世界しか知らなかった私が
最初に「危機感」というものを自覚したのが、この映画を見た時だったかもしれない。
その証拠に、このあと映画の場面を何度か夢に見た。
草刈正雄は、好きだった。
「野性の証明」、「蘇る金狼」、「白昼の死角」、子供には渋過ぎる映画ばかり。
やっぱりこの頃の映画の主題歌はいいものが多かった。
「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり!」
と、ジュリーが天草四郎の役だった「魔界転生」。千葉真一の十兵衛サマのほうがカッコよかったけど。
毎年正月は「トラック野郎一番星」だったし、「里見八犬伝」とか、真田広之もよく見かけた。
一応、「セーラー服と機関銃」も見た。その同時上映が「燃える勇者」で、
真田広之と勝野洋が出ていた。(真田はデビュー作)
吉川晃司の三部作とか、ザブングル、イデオンとかの日本サンライズいろいろ、
「北斗の拳」や「ゴルゴ13」(デューク東郷が舘ひろしだった)は前売り購入で。
ジブリもラピュタまでは映画館で見た。
横浜西口のムービルに「タッチ2 さよならの贈り物」を見に行ったとき、
右隣の席のオッサン?が痴漢行為に及んだのを撃退した。
それから、映画館には行かなくなった。

十数年後、夫だった人に連れられて、南大沢のきれいな映画館で「スターウォーズ」を初めて見た。
「シネコン」という施設ができ始めた頃で、今の映画館ってこんななのか!と、大いに驚いた。
前後して「陰陽師」、「攻殻機動隊」や「機動戦士Zガンダム-星を継ぐ者」を見たのが最後だったか。
またしばらく映画館から遠ざかる。
そして最近、職場の若者たちが楽しそうに映画の話をしているのを耳にした。
いっちょ、行ってみっかと思い、
「ねぇ、最近の映画館ってさ、どうやって見んの?」
勇気を出して聞いてみると、親切な男子が、
「普通に行けばいいんですよ」
と優しく教えてくれた。

今思い出したが、20代の半ば頃だったか、いちどだけわざわざ東京まで
「スタンド・バイ・ミー」を見に行ったことがあった。
「米米クラブ」のファンクラブ会報に、リーダー:BONか誰かが、
みんなでこの映画を見て、みんな無言だったけれど、みんな何か同じものを感じていたようだった
と、いうようなことを書いていた。それが気になってどうしても見たくて、出かけたのだった。
そして、忘れられない映画になった。

「クリムト」
が私を揺さぶった。
ずいぶん長いこと美術展にも足を運んでいない。好きだったはずなのに。
2003年の秋、「日曜美術館」でクリムトが来ていることを知り、名古屋まで見に行った。
「1900年ウィーンの美神展」於、松坂屋美術館。
その何を知っているかと言われると、知識としてはほとんど何も無く。
ただ、目にしたときの金色の、目くるめくような衝撃と陶酔感、どことなく漂う死の気配
どうしようもなく惹かれる印象の忘れ難さ。たまらない絵と言っていい。
このときの展覧会で初めてクリムトの風景画を見て、「風景画も描くのか!?」と驚いた己の無知。
全ては十数年前の風化しそうな思い出。見てみたくなった。

Zガンダム以来、実に10年7ヶ月ぶりの映画館は、車で行けるTOHOシネマズ ららぽーと横浜。
平日はP無料。ららぽーと自体が初めてなので、出入口など入念にチェックする。




順調に港北I.Cで降りたのにまさかの渋滞は、梅田橋交差点を過ぎたら解消あれか。あれがららか。




なんか、よそのモールとかにもよく入っている店の名前が




歩道橋のようだけれど車が走っている。




アクセス案内とgoogleマップとストリートビューで何度も確認した謎の左折入場って、あれか!?
なるほど、ここから入るわけね。



(マウスオンで写真がチェンジ)
この手前、カクカクスロープが楽しい。ムダにアクセル踏んでハンドル切り回してみる。(笑)




初めての場所なのに結局時間ギリギリ。焦り気味に行くと、係員の爽やか男子:イシカワさん(だったかな)が、
「大丈夫ですよ
と、天使のようなスマイルをくれた。感動した。
あとで知ったが、接客態度・スマイル投票キャンペーン?を開催中だったらしい。(いつもあの笑顔でいてネ^^
ネット予約しておいたチケットも無事発券。いちばん奥左側の10番だって。
しっかし、映画を見に来ただけなのになんでこんなに緊張するのだろう。




何だこれは。
今改めて写真を見直したら、どうだ。
この、クリムトの金箔のような色合いと、幾何学的と言ってもおかしくない平面の規則的パターンは




映画にはものすごく感動。翌最終日にもういちど見ようかどうしようかと迷っていたら、
「『風と共に去りぬ』を何十回も見る人がいるんだからいいんじゃない?」
と、母が言う。
パンフレットや映画評を読み込んでの「2回目」は、
前回気付かなかったり見過ごしてしまったところもあらためて見られて良シ




映画の感想の話。
名画の話なのに名画は主役ではなかった。でも、名画を見たときのような感銘を受けた。
嬉しかった。
作り話でも理想でもなく、本当にあったことなのだから。
もちろん、起承転までの展開は辛い。過去の裁判の記憶を思いっきり掘り起こされてしまった。
やはり原告Aであったときの私は、過去の存在ではない。
挫かれて、もういちど立ち上がることを拒否する気持ちは痛いほどわかった。
それでも、支えてくれる人がいて考え直す。最後に勝ち取った物は、希望。
主人公マリア・アルトマンの無念、屈辱、怒りと喜び、そして、取り戻すことができなかったもの
「2審で勝てるなら、どうして一審で勝たせてくれなかった?」
と、叫ぶように問うた原告Aが蘇る。敗訴のショック、無力感。
マリアが本当に取り戻したかったものとは何だったのか。
それは、私が取り戻せなかったものと同質のものなのではないか。
あの闘いの日々を誰が忘れても、私は憶えている。

このあと、第二次大戦の、主にナチスに関する映画を立て続けに見ることになる。
そこで語られていたのは「反戦」ではなく、
起きてしまった事を風化させずに記憶していくこと、忘れないでいること、だった。
「過去を記憶していく責任」
抑止力とはそういうものだろう。
私も、一つの犯罪の生き証人。忘れないことが生きる力。
夜陰に延びる三車線をひとりで走りながら、そんなことを考え続けた。
2回目に見た帰りは、悲しかった。

「感銘」という言葉の意味は、どこで調べてもほぼ、
「忘れられないほど深く感動すること、心に深く刻み付けて忘れないこと、深く感じて忘れないこと」
などと出てくる。
間違いではなかった、誇りに思っていい、忘れなくていい。「希望」を与えられたと思った。
昔、テレビで見た水野晴郎さんの
「いやぁ、映画って本当にいいもんですね~」
が、淀川長治さんの
「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ
を圧倒している。


※ 映画『黄金のアデーレ 名画の帰還』公式サイト

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