魚肉が沈殿していることがあるので、よく振ってお飲みください。
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  -2010-
 7月21日(水)

 ※ 本日より1週間~10日ほどPCが修理入院します。その間、更新&交信不能です。
   管理人はバカなので携帯でインターネットにアクセスできません。そのためmixiも途絶します。
   でも大丈夫。
   生きているので探さないでください。



 7月20日(火)

 (マウスオンで写真がチェンジ)
 たまにはベイブリッジの夜景なぞ。
 中区あたりから見る“米橋”は秩父の公園橋みたいなものかなぁ?でも湾岸線だからあれほど気軽には渡れないけど。




 新山下ホームズの4階Pから。平日は5階屋上が閉鎖で上がれないのよ。8月1日の花火大会はここから見るといいかもしれない。


  

 R357・産業道路。陸側は本牧三之谷の「三渓園」。海側はJX日鉱日石エネルギー根岸製油所(今年7月1日から名称が変わったらしい)の隣の同社中央技術研究所。だってここ千鳥町だもんね。製油所はこの先の鳳町。沿道の明るい建物は…




 ラーメン大将。見ての通り、R357の沿道で横浜立野高校のがけ下にある。ググると間門交差点から本牧通りへ入ったところのケイヨーデイツーの横っちょあたりの店舗が本店として出てくるのだが、こちらに移転したらしい。そういえば店の名前が以前は違っていた。どのくらい前かと言われると…磯子へ来てからの記憶は過去20数年に遡るから、ちょっと思い出せない。



 (マウスオンで写真がチェンジ)
 窓の外がすごい色のようだった。カーテンを開けると、空気まですっかりその色に染まったような朱の色。夕立はないけれど、こういう夕焼けの色はわりとよくある横浜。
 ベランダの終わりかけのカシワバアジサイもいい色に照り映えていた。


 昨日、海辺でぼーっとしていて漠然と思ったんだけど…「バイクになんか乗らなきゃよかった」のかなって。
 同じことを言っていた人がいたね。
 うん…。その時はね、そんなことないさ!って、言ったんだ。でもね、そこに戻って考えてみるとわかってくるような気がするんだ…。免許を取ってから15年もペーパードライバーだったじゃない。でもさ、思い切ってまた車に乗り出したら、何かが変わったよね。ダンナにもありついたし。バイクに乗ってさぁ、何か変われたかな。何か得られたかな。あのまま乗らずにいたらどうなっていたかな。車に乗ったから得たものも、こうしてみんな失くしてしまったじゃない。これ、バイクに乗り始めてから起きたことが原因だよね。バイクが原因だなんて言ってないからね。
 失くしたと言うけれど、それはあなたがそう思っているだけで、あなたが対象にしている人たちの中には、最初から今まであなたに対する認識は変わっていない人もいるんじゃない?例の「おまけ」ってやつで、人によってはずっと員数外って意識だったりとかね。
 そうだね。私は人を軽々しく「友達」や「仲間」だと言えなくて、いつも「知人」と言っていたね。どこからが「友達」や「仲間」だと言えるのか、自信がなくてね。…それがさ、みなさん平然と私を「友達」だよとか「仲間」だよって、言ってくれたんだよね!あれには、嬉しさを感じる前に驚いていたよ…。なぜそんなに気軽に、認められるんだ!?って。でもって、もう嫌になったから縁を切るというときもハサミでヒモでも切るみたいにすっぱりと簡単に。
 …ねぇ、もしかして人を容易に「友達」だと認めないのは、そうでなくなる時に余計にさびしく思うのが怖いからなんじゃないの?「仲間」を失くすとか自分が「仲間」でなくなるって、悲しいじゃない、さびしいじゃない。だから、そんなことなら最初から「仲間」でなどなければいい=「仲間」だなんて思わないでおこう…ってことなんじゃないの?
 いや、そんな、誰にでも想像のつくような安っぽい理由じゃないさ。今、自分でも驚いているのだけれど、もしかしたら人を信じなくなっているのかもしれない。よくわからないけれど。
 えーーー???「人間不信」?それ、ゼータのカツじゃないんだから、カッコよすぎってか、それこそアンタみたいな自己チューが図々しいんじゃなくて!?(大笑)

 あっそう、それならもうに現れないわけね!
 ラッキー!バイナラ~~~
 って感じ?
 だろうね。
 そっちはもうから、で欲しかったんだもんね。
 ようやく消えて
 だろ。(笑)

 覚えてる?22歳ぐらいだった?もっと前かな…アルバイト先でモメた時に、当時はまだいた「親友」のA子に言われたこと。
 「あんたはどうして嫌われてるとこに行くの!行ったってやなこと言われて追い返されるだけでしょ!」
 みたいな、言葉は少し違うところがあると思うけど大体こんな内容だったよね。
 ああ、忘れられないよ、追い返される時の先方さんの鬼のような形相。同じ人間とは思えないくらいに恐ろしかった。
 あと誰に聞いたんだっけ、会って不愉快になったり自分のプラスにならない人には会わないほうがいいって。
 ???時期的にはその同じ頃だったような気もするけど、誰に言われたんだっけ?

 出たぁ~~~!!何がって久しぶり気管支炎喀血。去年は2月の寒い時に2回、今年は今朝が初めて。
 原因は…何だろう、去年は原付ISO号に乗り始めたばかりの厳冬期で、立て続けに東京方面へ出かけたりしたので、たぶん慣れない排気ガスと冷気にやられたのだと思う。今年は原因不明。
 でね、この3回の発作全てに同じ人物の影が。(笑)
 いや、本当にたまたまなのだろうけど、寝ていて、ふとその人のことを思ったらば突然咳き込んで…。(笑)
 鮮血の濃い赤い色と鉄の味。なんでこんなものが湧いて出るんだろうと思う。触れてもいない血管がどうして破れたりするのだろう。
 父系:がん体質×母系:結核体質=末は肺がんでしょうかね。

 いや、次は敗者かも…じゃなくて歯医者かも。なんかとれた気がする…。何なんだ、今年の夏は!!(泣)


 7月19日(月)

 (18日深更からの続き)
 というわけで頭が痛くなってきた。丑三つ時近し。都会は喧しいので草木なんか眠らない。

 あ、しばらく考えてた?
 うん、ソリティア負けまくりで。そうしたら急に閃いたよ。自分から「いなくなります!」って切ってもさ、我慢できなくてつい見ちゃった場合…すぐ見られるわけだから、その危険性ものすごくあるでしょ…見た途端に、暴発するだろうね。
 確かに。
 それって、かえって危なくね?
 危ないと思う。つか、確実にヤバいと思う。そんなことになるなら少しぐらい辛くても騙し騙し付き合い続けたほうがよっぽど安心かと。
 そうだよねぇ…。暴発したくないし、すれば今よりもっと大きな被害が出るね。
 それこそ何をしでかすかわからないような?
 なってみないとわからないことだけれど。
 脅かさないでよ。
 おどかしてなんかいないよぉ!(*^_^*)
 そおかぁ?(~o~;)

 ねぇ、エキセドリン効いてないよ。それに外明るくなっちゃったし。
 寅一つ時。
 だから、どうする?やっぱり短慮はいけないよぉ…。(・_・、)
 おかしいよね、昼寝もしていないのに珍しく徹夜だよ。
 だから、やっぱりそれだけの大ごとだから、気になって眠るどころじゃあないんじゃないの?「狂人と天才は紙一重」って言うじゃない。
 それ、極まった人のことじゃん。狂人の入口にいるだけで何も極まっていないのにバカなこと言ってんじゃないよ、本当の狂人様方に失礼だよ!
 だーって、その思い込みよう、犯罪に走りそうにも見えるんだもの。
 人より少し芝居っ気が多いだけさ。本気にすんな。
 あ、新聞屋さん…。
 新分野だ。
 何それ。

 …もうすぐ「今日」が始まっちゃうよ…。なのに、何しているんだろうね…。
 いんじゃね、世間は今日も休みさ。身動き取れて現実に暴走じゃなくて爆走するよりまだマシなんじゃないか?
 …「答え」は?答えは出たの?
 いついつまでに誰に返事しなきゃならないって期限切られたわけでもないだろ。放っとけよ。
 放っておけるの?
 無理に寝たってどうせまたおかしな夢を見て飛び起きるだけだろ。怖い思いしたいのか?
 でも医療費問題とかこのことで、絶対おかしいよ、どうかしてる。動かないのに体重減ってるし。こういう状態心当たりあるでしょ。
 ああ、あったからどうだっていうんだ、何をどうできるっていうんだ、なるようにしかならないだろう、夕べから言ってる通りさ。大丈夫だ、なんとかできるさ。
 嘘。あの素直さは変だわ…きっと何か無理が出る。
 昨日あそこで素直に12万受け取らなかったらまとまらなかっただろ。
 ねぇ、話がねじれ国会。

 ところであなたって誰?
 私は私だよ。
 いいえ、あなたではなくて。よく出てくる「あなた」とか「あの人」。
 ああ、あれは去って行った人たちの総合体だよ。
 あの人じゃないの?
 あの人って誰だよ。「総意」さ。避けたがる人たちの「総意」を人型に見立ててひとりの「あなた」と呼んでいるだけさ。
 本当?それこじつけじゃないの?
 そんなことはないさ。だって、ひとりの人間にしては中身が食い違っているところがないか?だからね、昔いた何人もの「あなた」がひとつにまとまっているのさ。
 そんなに何人もの「あなた」に逃げられてきたの?
 逃げられたこともあるし逃げたことだってある。男も女もいる。しょうがないじゃないか。
 別に責めてなんかいないわよ。(笑)

 「あなた」って言われると、どきりとする?
 そう呼ばれたことはないからわからないな。
 「あなた!」って呼ばれたら思わず声のした方を見ちゃったりする?
 アレだろ、スーパーの店内とか、人ごみの中で「おばさん!」って呼ばれて何人が振り向くかってヤツ。(笑)
 そういう状況下じゃあなくて、ここで。
 なんだよ、自分で言ったくせに、わけわかんねーな。
 だからさぁ、「あなた」って言われてそれを自分のことだと思うかどうかって…。
 自意識の問題だろ。大昔、あったよな。キセルで乗ってるとき、たまたま車掌が通りかかったりするとドキドキしてな。あれ、罪の意識があるからだろ。

 「何かあったら、ひとりで考え込まないで、何でも言って」…と、言ってもらえたことがあったな。
 「あの人」に?
 そう。「あなたはそう言ってくれた…」ってね。
 その人はどうしたの?
 とっくの昔に遥か彼方へ去って行ってしまったさ。私ではない人を選んで。可憐な人だと聞いたよ。同じ職場の人だったらしい。…実はね、1年ぐらいたってからだったか、いちど電話をかけてみたことがあるんだ。
 ものすごい蛮勇!!
 ああ、自分でもおぞ気立つ。馬鹿な事をしたものだと。でね、その時「はい」、と、とても明るく可愛らしい、ニコニコとした笑顔がすぐ浮かぶようなやさしい声を聞いたんだ…。「○○です」とは、彼女は言わなかった。それで「サトウさんですか」と、間違い電話を装ったんだっけな。そうしたら彼女、「いいえ?」と、なんだか可笑しそうに笑顔のままでこちらの次の言葉を待っている様子なんだ。慌てて、「あ、サトウさんじゃないですか、間違えました!どうもすみません」、「はぁい!」…あの時のなぁ…当たりの柔らかい、とても優しそうな、明るく可愛い感じの受け答えが今でも忘れられないのよ。あ、言葉尻があの人に似ちゃった。あの電話は絶対に黒電話だったな。
 なぜ黒電話。
 だって三浦半島だもの。
 なんで三浦だと黒電話なのよ。
 そういう雰囲気ない?三浦の先のほうとか。行ったことない?すごいんだよ相模原程度の田舎度合いじゃないぜ。
 それさぁ、剣崎農道トラウマじゃないの?
 あの道は大変だったさぁ!!(^o^;)

 夕べからさぁ、劇場化してない?
 無理するからさ。
 じゃ違うほうにすればよかったのに。
 素直なほうが可愛いだろ?
 腹にクソ溜まり抱え込んでなぁにが可愛いものですか。
 でもそれで医療費も確保したぞ。そして背中が痛くなる。
 今回はまだだね。
 いいんじゃない、誰も開放なんかしてくれないんだし?
 解放?
 あら、介抱。kiriによく背中押してもらった。
 お相撲さんの名前みたいね。

 一切の破壊。「幻魔大戦」見たよね?

 それでもいられるさ。面の皮も意識の問題だ。楽しいか楽しくないか?全員の意見の一致をみるのは不可能さ。もう極端な話、自分がそれでよきゃいいとするしかないんじゃね?
 某mixiコミュの管理人さんがね、「お気軽に “何かを期待せず”(←ココ重要w) 参加してやってください」とメッセージに書いてくださったの。確かにそれこそが重要だと思ったわ。
 センスあるね。生き方の上手い人のような気がする。全てにおいて期待し過ぎない…ポーカーフェイス?(笑)いちばんできない技じゃん!

 何かの成分が足りていないのだろうね。
 何だと思う?
 ほら、体内で生成できない栄養素みたいな。
 またそれかよ。

 只今絶賛崩壊中。
 どこか悪いの?
 頭が悪いのさ。
 根性もでしょ。
 まだあるぞ。

 なぜ、助かろうとしないのだろう?なぜ、壊そうとするのだろう?
 自分があまりに不完全だから、安定などあり得ないと思っているんじゃない?「ほーらやっぱりダメだったじゃないか…」という状況にあったほうが安心なんじゃない?だって、安定して幸せでいられるなんておかしいもの。そんなものが訪れるなんて不思議だもの。
 やっぱりそう思うかい。
 もちろん!と言うべきか、そうは思いたくないけれど、と言うべきか…。
 いいよ、気なんかつかってくれなくても。どうせ自分のことなんだから…。

 ヘタに夢や希望なんて、ないほうがいいような気がしなくもないんだ。
 それが、“何かを期待せず”ってこと?
 というかさ、「欲」を持たなくてすむんじゃないかってね。何も得られないようになってしまえば、何かを得たいという欲のかきようがないだろ。
 それで、平気でいられるの?
 いられるとかいられないじゃなくて、生きていれば、ただそうしているしかないだろう?他に何もしようがないのだから。ニンジンがチラついていると、飢えた馬は落ち着いて野良仕事ができないんじゃないかってね…。
 それで、飢えっぱなしなのね。
 アハハ、そういうこと。


 7月18日(日)

 素直でおかしい
 抵触しなけ
 何が許せ
 判ってな
 人を何
 嘘に

 無関
 何も信


 何が惜しいのだろう。
 惜しんでも、取り返せないのに。
 自称「整理整頓の鬼」なら、捨ててしまえ。「別にあとで困らないから大丈夫、要るならまた買えばいい」と、いつも人には言っているじゃない。
 でも買えないじゃん。
 しょうがないじゃん。

 「痴漢に注意」という看板は失礼だ。痴漢という犯罪者に対して、善良な一般市民の方が注意しろと命じられている。犯罪者こそ、今すぐその場から立ち去るべきなのだ。
 「クマに注意」だとどうだろう?クマは元々この山河は自分たちの棲みかだと主張するだろうか。いや、だいぶ以前の進化の途中で万物の霊長の座をとれなかったのだから仕方ないのでは…?
 理屈ってなんだ。

 やっぱりここで、もう置いて行かれる気がする、脱落する気がする。どう考えても最初から追い付けるとかいう内容のことではなかったし。みなさんの足しにはならなさそうだ。
 自分が中心なのではなくて、みんながいるところに入れてもらいに行くのでしょう?
 でも、お役に立てない。何も与えることができない。ためになれない。
 …大きく役立ちたいなど大それたことは思っていなくて、ただ、それでも参加することは拒まれないでしょう?
 でも、心苦しいし邪魔ではないかと気になり続ける…。

 何か、マラソンを諦める気分。
 体さえ悪くなければ、走ることはやめない。今だって400m全力疾走ぐらいはできるだろう。バス停までならノンストップで走れるさ。
 でも、何かを目指さなくなった時…足が止まってしまった時…
 楽しそうにしているみなさんの姿がだんだん遠く小さくなっていくのをこの場所で見ているしかない。
 いつか見えなくなり、風にたよるだけになる。

 …いなくなるとかならないとか、そういう問題じゃあないでしょ。最初からそこにいない。そこはいつでも誰でも行けるし、来ないからといって呼ばれることもない自由な場所のはず。
 うっそだぁ、みんな呼び合ってるじゃん。誘い合ってるじゃん。確実にあるんだよ、そこの結束の「輪」って。それに繋がっているかいないかは決まっているものなんだよ。わかるさ。確かに入れてもらいに行くところではあるけれど、そこで「認められる」か「認められない」かの、大きな“身分”の違いがあるんだ。だから、とうとう入れてもらえなくなってしまったことが悲しいのだし、そのことに未練を持っているのが当方だけというのがなおさらにみっともなく感じるんだ…。
 いやさ、けじめをつけるとか思い切るとかさ、もうそんなことどうでもいいんじゃない?なるようになるんだし、なるようにしかならないんだし。今さら嫌われたって泣いたって、それ今じゃないから、もうずっと前からだから。

 そこに、あなたがいるだけで、今日もほっとできる。
 ああ、まだ、今日は…
 いつか、誰もいなくなってしまう日が来る。
 もう、何のあてもない。ひとりでここにいるだけ。
 何の罪でか、ひとりの「時」を、もうしばらくは生き続けなければならないらしい…。
 それがいつまでなのか…。
 あなたが誰なのか、もう形を成さない。実像を結ばない。
 私がいつまでも求め続けるだけの人っぽい何か。いるのかいないのかわからない風のような何か。

 誰ももう、そばにはいないよ。
 今さら何したって無駄さ。
 じゃあ、もう黙っていなくていい?もう戻って来ない、逃がしてしまった小鳥のことを話してもいい?私が逃がしたのだと言ってもいい?名前を呼んで探してまわっていい?鳥かごをバラしてベランダに干していい?

 自分に嘘をつき続ければいつか慣れてそれが当然のことになるって、本当?

 いつもの仲間とのツーリング。
 でも、一期一会だと思っている。
 次にまた会えることがあるのかどうか。
 もう2度と会わないかもしれない。

 いつもの仲間なんて、そもそもあなたにはいたわけ?あなたは何様のつもりでいるの?「仲間」だなんて。そういう言葉をつかっていた人もいたけれど、もう昔のことじゃない?人は変わっていくわ…。
 私たちと同じように?そりゃララァだろ。
 え?世代を超えて、みんないつでもそうでしょ。
 親しき人、愛しき人、再び会う日は…
 だから、ないって。

 生きていることがありがたいとか、産んでくれてありがとうとか思う人は、それなりに成功しているか、充実しているか、幸福か、そんなことを考えるヒマもなく忙しくしている人。
 要するに充実して幸せなんじゃん。
 そうだよ、だから、不幸な人のことなんてわかることはできないのさ。
 できない?そんな必要性、そもそも感じていないと思うよ。

 チェックするのやめたら、いい加減。
 何をさ。
 え、生存確認。
 そうだったの?(笑)
 様子が知りたい?
 隣の☆野君が1週間に1度しか洗濯しなくて、その日の物干しにはトランクスが7枚、風にはためくんだよ。
 そんなことチェック入れてたの?
 いやトランクスの柄がチェックなんだ。

 昔は、わりと近い場所に住んでいてもさ、別れたらもうそれっきり一生会わない人ってたくさんいたじゃない?
 今でもそうだよ。
 いや、だけどさ、だから、「風の便り」なんてウツクシイ言葉ができたんじゃないのかな。…今はインターネットがあるからねぇ…。mixiを始めたら、「友人を探す」という機能があって驚いたけど、そのうち同級生を探そうってのが出たじゃない。あれは恐ろしかったね。
 そうだよね、プロフィール全部デタラメ書くか非公開にしたくなった。
 今じゃ「同僚ネットワーク」だよ!
 仕事ない人どうなんだよ、格差社会じゃーん。
 話が逸れてる。だからね、姿を消したつもりが、いつでもすぐ探せちゃうってこと。誰かに探されたくなかったらHPやブログの類は全て削除しちゃわないとね。そして新規で何も立ち上げないこと。だぁって、どんなに別人を装っても絶対みつかっちゃうから。
 あのさ、言いたいのはその逆なんでしょ。
 ………。
 昭和のドラマとかでさ、恋人からの手紙や電話番号を書いた紙や写真なんかを焼き捨てて、思い出を全て処分したことを表現する場面ってあったじゃない。あれはあの時代だったからで、今だと未練があれば酔った勢いとかで検索してまた簡単に探し出せちゃうし!(笑)
 …まあね。そうなのよ。よほどの精神力がないと、2度と見ないとか、できないからねぇ…。
 みっともない未練スパイラルに簡単にハマれる社会になってしまったねぇ!(笑)
 笑い事じゃねーぞー!!(泣)

 ねぇ、もう丑ひとつだよ。
 2時半って言いなよ。
 「丑三つ時」って何時だったかなと思って。
 3時半。
 じゃ19日じゃん。これまだ18日分に書いてるんだよ。
 眠れなくなってまだ夕べの続きで起きているんだから18日でいいのよ。
 心配して欲しくてわざわざ書いたんじゃないのよ。
 いちいち言わなくてもわかってるって、さっさと寝たら。
 …そぉゆう情けない手をつかう男だと思われてるかもしれないじゃないかぁ。(>_<)
 アハハそうだねぇ、もう、そんな女だと思われているかもねぇ。(^o^;)
 そんなのやだ。
 じゃ、書かなきゃよかったじゃない。余計な事書いて恥かく。余計な事書いては自覚。
 おっ、久しぶりだね変換シリーズ。
 (19日早暁へ続く)


 7月17日(土) 

 数日前知人が、繁忙でじゃなくて半帽で(変換ミスじゃないかも!笑)フォルツァに乗っている坊さんを見かけたそうだ。私はもっと小型のスクーターの坊さんしか見たことないな…。
 ハーレーの坊さんとか、BMWの坊さんとか、ロスマンズ・ホンダの坊さんとか、見てみたいものだ。
 そういえば笑撃の2ケツカップルのこのスクーターを、数週間前、自宅至近のスーパーから出たところで目撃した。やはり和服だったのですぐにわかった。私の視界を左から右へと、前に見たときと同じように颯爽と駆け抜けて行った(今回の着物は黒っぽかった)。もしかして近所なのか。(ピンクの磯子区ナンバーだった…)


 今気付いた。身動きとれないこの状況。今年も「キッチンニューほしの」の特薦ジャンボかつカレーには行かれないのかっっ!?(泣)
 ※ 2006年7月28日「朝カレー」
 ※ 2005年7月29日「埼玉県・大宮市場で、朝から「特薦ジャンボかつカレー」
 3年連続で夜中に起きてR16をひた走ったけれど(実は2007年にもkiriと行っている。このときは市場から5分圏内在住のツバキッキさんも誘ったのに、爆睡していてメールに気付いてもらえず、ご一緒できなかった)、去年も夜中というか夜更けぐらいに出て走ったけれど、今年は10:00AMスタートなのネ。くそっ、来年こそはっ!(ToT)


 7月16日(金)

 横浜は、先日来もうずっと、バカみたいに天気がいい。振り返れば梅雨など無かったかのようだ。
 時期的なものか、墨染めの衣の裾をひるがえして颯爽とスクーターで走りゆく坊さんの足袋が眩しい。


 あっという間に「殉死」を読み終えたが、陽明学っぽい性格というのに思い当たる気がした。
 「空海の風景(上)」がなかなか進まない(笑)。「項羽と劉邦」の時のようだ。
 伊地知幸介という人が出てきた。
 …昔から歴史好きだったのになぜか幕末から近代史が苦手で、司馬遼太郎を読むようになってからようやく興味が湧いてきた。今頃になってそのあたりの人物を知り得て驚いている不届き者。
 ところで去年末、NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」にチラリと村田雄浩さんの姿が見えた。誰の役だかは覚えていなかった。けれど、「殉死」を読んでいて、その人物とやらかしたことの様子や結果などから、もしかして村田さんの役はこの伊地知ではないかと思った…。
 外れてほしいと願いつつも確信に近い気持ちでHPを開くと、果たしてそうだった…。
 どうして村田さんにはこういう役が多いのだろう…。朝ドラ「走らんか」のときもそうだった気がする。でも大河「炎立つ」の安部貞任はスゲーカッコよかったぞ。


 仕事を休んで目覚まし機能を停止させた携帯は全くただの鉄クズと化している。
 12年前の夏、ひとり暮らし中に11日間入院してアパートに戻ると、留守電が2件、しかも両方とも何かのセールス電話だった。PCにケータイにHPにブログにmixiの現在でも、同じことになる気がしている。
 いつか、何もいらなくなる。


 健康診断なんて、受けるからいけないのさ。
 受けなきゃいいのさ。
 わかったから、何さ。(笑)
 長生きしたい?健康体で。(笑)
 不健康なほうが早死にできるぜ。
 でも辛いのは嫌だね…。


 身動きとれない状態で大きな恐ろしい蜂に襲われる。
 YOKO号でカーブを曲がり切れずにガードレールに突っ込む。
 汚れた真っ黒な手。
 他にもまだあった。どれもこれも不吉な暗示ばかりな夢。


 細野晴臣「Medicine Compilation from the Quiet Lodge」…もう20年近く前に買ったと思う。今聞いても全く古いとは思わない、というか、細野さんのっていつのものでもいつのものかわからないようなところがある。
 以前は不気味なだけだと思ってあまり聞かなかった。でも、今聞くとなぜかものすごくいい気がする。
 ジャケットが美しい「omni Sight Seeing 」。こちらのほうが聞きやすかったけれど。
 よく「効く」のはどちらだったろう?



 7月15日(木)

 2、3日前から物事が手につかなくなり出した。消すことのなかったPCの電源を落として寝てしまったり。
 夕方からふと、司馬遼太郎の「殉死」を開いてみた。極めて薄い本。これが読み始めたら止まらない。1996年発行の第28刷で、活字は角張ってかなり小さい。けれど、昔から文庫本を読みつけているからか、妙に白っぽい紙面に小学校の教科書のような大きな活字がふわふわと踊っているのより、目に心地いい。ページの縁の茶色い焼け具合。
 明日にはブックオフに注文した10冊の古文庫本が届く。合計1750円。送料無料は1500円以上。


 7月14日(水)

 (マウスオンで写真がチェンジ)
 ワサビィのしっぽ自慢。
 オカメインコは図体がデカく、その羽根はどこもいちいち長い。うちのワサビィはルチノー。漂う黄色と頬のオレンジがとてもきれいな白色種。狭い鳥カゴで飼う場合、如何にこの羽をきれいに保つかが難しい…。でもそう思うのは飼っている人間のほうだけのようで、当の本人(本鳥か?)は全く気にしていない。食卓の上を歩きまわっていて、くるりと転回した拍子に尻尾の先がカレーライスの皿に突っ込もうとも気にも留めない。



 (マウスオンで写真がチェンジ)
 じゃ、いらないじゃん、そんなもん!?とも思うのだけれど、たぶんこの長くて丈夫な尾羽は、コンゴウインコと同じく、木の幹に垂直にとまってウロに作った巣穴を覗く時の、下部の支え・突っ張り棒の役をするのではないかと想像している。
 手に乗せると意外にずっしりと重くて、足の指も力強い。


 腰に尻に腕に、こんなに短期間に注射をしまくられたのは前回の手術入院以来かな。
 ギックリ腰は侮れない。
 お金がないから仕事を始めたのに、仕事でけがをして休まざるを得なくなって、労災にはならないし、ただのパートだからクビにされないことはものすごくありがたいけれどその間の収入は全く無くなるし、病院通いでお金はどんどん出ていくし…。
 こんなときは蚊に刺されただけでも、これ以上私から何かを奪わないで!と言いたくなる。

 時代劇で、貧家の孝行娘に目をつけた大店のオヤジか何かが、娘を我が物にしようとして「おっかさんの薬代を出してやる代わりにワシのものになれ」とかいうストーリーがよくある。ありがちな話だが、似たようなことは本当にある。
 人がいちばん弱って困っているときに、その弱みを人質に取るようなことを言って借用書を書かせようとするやつがいる。まあ、世の中それは当然か。(笑)

 …迂闊な話だ。
 そんなことをして恨みを買えば後々どうなるか、想像できないらしい。
 食い物の恨みでも恋の恨みでもなく、でも赤の他人でないからこそのこの手の恨み。

 別れたダンナが私に持った恨みも相当なものだろうが、もう2度と会うこともなければ晴らしようもないこと。

 いつか水に流れたり消えるようなものでは、ない。


 何を食べてもうまいと感じない。何を飲んでもうまいと感じない。つまらないものだな。何がどうなっている。


 どうしたらいい?どうしたらいい?何か手を打たないと暮らせなくなる。何もできなくなる。焦っても仕方がない。でも焦りもするさ、この状況。そういっても体が動かせなければ仕事のしようもないじゃあないか。
 なぜ。一生懸命やっていたのに。なんとかしようと毎日思いながら。それでも足りなかった?
 バチとか天罰とかいうもの?私はそれほどにいけないことをしてきた?…否定はできないけれど。
 それとも生きている誰かの恨みが?あなたとあなたとあなたとあなたとあなたとあなたとあなたとあなたと………一体何人分の迷惑が形になって?

 私は、そんなに、世の中の邪魔かな。


 7月13日(火)

 「レポート」 → 10年 → 2010年4月11日「根川さくら通り・調布飛行場」、UP。


 「労い(ねぎらい)」の前に「労り(いたわり)」があると思う。それが筋だと思う。いたわる気持ちがあればこそ、人をねぎらえる。
 ねぎらえないのはいたわれないから。そういう気持ちがないから。

 人を人と思えるかどうか。その人だから人なのか、別の人ならどうでもいいのか、人と人と人と…どこで区別しているのか、区別などしてはいけないのか、でも区別するのは建前ではなく内面では当たり前だろう?


 「痛み止め」ってなんだろう。「対処療法」というやつ?痛くないけど何も治っていない。それは、単に麻痺しているだけ?なんだ、私は慣れっこじゃない。(笑)


 感覚の違うことを責める前に、「文化の違い」とか「環境の違い」と考えてみるのはどうだろう?


 鬱病と強迫神経症で性格が変わってしまった人は、家族を顧みることができなくなってしまった。家族が体を壊しても、気遣えなくなってしまった。どちらも故障して支え合えなくなってしまった。そんなことが重なっていって、ふたりだけの家庭は壊れていった。
 kiriは私を怨んでいると思う。私にも忘れようにも忘れられない辛さが残っている。
 健康を損なうというのは恐ろしいことだと、つくづく思う。何しろ余裕がなくなる。
 病気はなろうと思ってなるものではないから責められないはずなのに。
 じゃあ、元からの欠陥は?

 今は、女性の生殖能力のないことをあるまじき事と言う人は減ってきたけれど、地域や家庭等によっては、まだとんでもないことだと存在意義を認めないところもあるだろう。
 「私は子宮がんでは死なない」
 kiriのお母さんが早くに子宮がんで亡くなったことを聞いた時、そう思った。
 私に人よりすぐれた点があるとすれば、これくらいか。


 数刻前からものすごく激しい雨が降っている。風など伴わず、ただ真っすぐに地を打つ雨。コンクリートが欠けて溶け流れるのではないかと思うような。
 夕方の気象情報では、横浜地方は18日から「晴れマーク」が並んでいた。梅雨明けのことだろう。でも、私の住む横浜の沿岸部では、変わってくるかもしれない。
 ギックリ腰が全く治る気配を見せない。多少動けるようになっているのも痛み止めのおかげかと。炎症が収まっている気配はわからなくもないけれど…これでまた仕事ができるようになるのかどうか、甚だ不安。+支出で干上がる不安。
 …もつのか?私の…。大丈夫さ、今までに何度もこんなピンチはあったさ、そのたびに凌いできたさ、そのたびに正常な神経を削りながらさ。まだ残っているかな、削る分。
 じゃあ、寿命を削るさ。
 それはいいことだね!無駄なものはそうやって費せば


 7月12日(月) 

 昨日から悪戦苦闘しているトップページのランダム写真表示がなんとかできた。でも、ときどき不具合が発生。
 これはプログラムがあまりよくないからなのかもしれない?
 でも、自分じゃどうにもできないから、まぁいいか!
 というわけで、今のところ2007年の途中までくらいの写真が代わるがわる出てきます。面白そうだと思ったら写真をクリックしてみてください。その写真が載ったレポートへジャンプします。
 「鱗」直リンクの方も、たまにはトップページを、どうぞ。


 ギックリ腰を患ってわかることは結構ある。「上体」が意外に重いなと感じたのもそのひとつ。起き上がると腰にくるのは、腰が上体の重量を支え切れないからだという。ボインでなくてよかったと思う。(頭も軽くてオッケー


 ギックリ腰を患ってわかることは結構ある。「尻拭き」って、高等技術だったんだ。


 ギックリ腰を患ってわかることは結構ある。「ASIMO」に感じるシンパシー。


 ギックリ腰を患ってわかることは結構ある。洗面所の高さってビミョー。


 ギックリ腰を患ってわかることは結構ある。扇風機のスイッチはボタン式がいい(今どきダイヤル式ってバボいか!)。足指で操作できるやつ。


 ギックリ腰を患ってわかることは結構ある。かかとを骨折して松葉杖をかついでKLXで通院していた知り合いがいる。ケガの箇所にもよるけれど、バイクって結構使える。(整形外科のみなさんにはすげービックリされたけど)


 ギックリ腰を患ってわかることは結構ある。壁際を伝い歩きしていたら足が悪いのかと訊かれた。腰痛系疾患は見た目じゃわからないしわかってもらえないし、経験のない人にはいくら説明しても理解されない。


 ギックリ腰を患ってわかることは結構ある。「痛み止め」にもいろいろあるが、なんといっても「座薬」がいちばんよく効く。いくつになってもウンコシッコで爆笑できる脳ミソ小学生は切り捨てるとして、「座薬は人生経験」だ。


 大雨の中、家族が帰宅しても、母は玄関まで様子を見に出ない。私は不思議だった。
 ダンナが帰ってきたら、私は鍵は出させない。ピンポンを押してもらって、必ず玄関まで迎えに出て、鍵を開けて、「お帰りなさい」と言う。雨の日は、玄関に雑巾やらタオルやら用意して待っている。仕事場では「おつかれさまです」と普通に言う。出先から戻った人を普通に労う。雨の日のお客様、雨の日の外回り組の帰社、よくタオルを持って飛んで迎えに出たものだ。

 バイクに乗るようになってから、ことさらに思う。雨の帰宅時は真実、そう思う。
 私って、「ひとり暮らし」だったか?と。

 ひとりのときは全て自分でした。病気でもケガでも何でも、自分しかいないのだから何でも自分でした。メシも洗濯も掃除も通院も、目が見えて足腰が立てばなんとかなる。

 …今思い出したから書いてみる。
 どうにもならない生理痛。寝込むどころか救急車で搬送されたことも1度や2度ではない。仕事にも差し支えた。薬漬けで不健康な日々。ロキソニンは大好物。なくなったときはバファリンをいちどに20錠飲んでしまったりもした。あれは、ひとりで生きるには大きな「障害」だった。子宮は私の人生の邪魔をする「悪魔の臓器」だった。
 「痛みは人生の質を下げる」
 …ある日、何かでこの文面を見た。確かにそうだと思った。私はただ普通に、健康で文化的な生活を送りたかった。30歳をとうに過ぎ、結婚の影すら見えず、子供もほしいと思ったことはなかった。ただ、普通の人と同じようにちゃんと生活できる健康な状態になりたかった…。
 だから子宮を切除した。何かの病気であるとは診断されず、子供を産めば治るだの、ここは子供のほしい人が来る病院だなどと酷い言われ方をしたこともあった。14軒目(だったかな?)の某病院でやっと手術を承諾してもらった。その病院の男性医師に、不信感があるねと言われた。その時、やっとわかってもらえたと思った。
 手術の日は、確か横浜高校の松坂が延長17回を投げ切った翌日だったと思う。暑い、夏の日だった。
 以降、生理痛で社会的に他者に迷惑をかけることは一切無くなった。私自身、「自由」を手に入れた。失ったものがあるとは思わなかった。ただ、そのために幾何かの費用がかかった。

 今度の医療費12万も、私が遠くない未来にひとりになることを思えばの出費だ。ひとりで生きて行くために必要なこと。今のうちに打てる手は打っておかないと。
 …でもさ、生きないなら必要のないことなのにな…。
 だから思うのだよ、私が誰の何の役にも立たないのに困窮しながら生き続ける必要があるのかって。

 話を元に戻そう。
 家に人の気配があるどころか、狭い家で状況が見えていても、何の手助けもしないのが我が実家流。買い物で重い荷物を持つことになっても、全く助け合おうとしないのが実家流。
 でも、私は自分で考えた流儀でやっているけれど。(それでもやっぱり不充分らしいけれど)

 こんなふうに思うのは、kiriに言われたから。
 ひとりだったらあたりまえのこと。でも、今はひとりじゃない。一緒にいる。だったら、助け合うのは当然だろうと。
 …そういうものなのか?…と、初めて意識した。そう教えてくれたkiriを、すごい人だと思った。


 高級なお菓子を買ったりするとついてきたりする小さな保冷剤。冷凍で冷え固まったやつをタオルでくるんで腰に巻く。ギックリ腰がなぜ冷やすといいのかはわからないままにやってみた。結果、劇的に近い感じで効いた。でも、まだ全く普通に歩けないけれど。

 風呂から出たらバスタオルがないことに気付く。あっちの部屋に干してあったっけな…と思い出して、仕方がないので、もう、やけくそで、まっぱで水滴垂らしながら廊下を伝い歩きで取りに行く。

 人は人の手助けなどしないと思っているのが…当然とは思わないけれど、ラクかもしれない。
 助けてもらったりしたらば普通以上に強烈に喜べるし。
 あ、だから私って“親切ビンボー”なのか?(笑)


 深入りしなくてよかったと、つくづく思っているでしょ。
 あなたに被害を及ぼしたくはないから、これでよかったんだ。
 平和に、幸せに暮らしてね。

 こんな女に惑わされる人の不幸を思う。いないか!(笑)


 7月11日(日)

 旧HP「kirin道」の頃、トップページの写真がランダム表示で、クリックするとそのレポに飛ぶようにしてあった。
 またやりたいのだけれど、検索するといろいろやり方は出てくるのだけれど、理解できないので、できない。
 サルでもわかるやり方って、ないものだろうか?

 さんざんの試行錯誤の結果、ここまで来た。トップページにランダムのリンクはついた。でも、それに画像が伴わない…!!(泣)
 なぜだ!?ファイルの置き場所が悪いのか…?
 これがどうにもわからない。
 結局わからないまま、このままになりそうな気もする。

 kiriといる時はできていたこと。kiriにやってもらっていたこと。自分ではできなかったこと。自分でもできるようになったことはあるけれど、できないままのこともある。きっと簡単なことなのだろうけれど、それは頭のいい人の言うこと。頭のいい人にはわからない、頭の悪い人間の世界のこと(こちらにも数段階あるのだけれどね)。


 病気やケガや、人生の難関で困っているときに助けてもらうのは、ものすごくありがたいこと。一生忘れ得ない。事によっては、節目にもなったりする。
 逆に、病気やケガで動けない時に全く顧みられないなど、手酷い扱いを受けると、その苦痛は倍加するし、発生した恨みはどんどん増殖して心根深く潜伏する。
 突然の病気の医療費に借用書ですか。生きているのが嫌になるな。こんなことなら死の病大歓迎だ。
 いつか、見ろよ、夫婦でも割れてしまうのに、親子だぜ。
 私には子がいないから復讐される心配はないからな。(笑)


 7月10日(土)

 【 天そば 】。
 朝のニュースで、「天そばは1ドル…」???…円相場かッ!!
 かけそば(賭け相場)ってのもありそうだ。(笑)


 見たくないものは見なくていいよ。認めたくないものも認めなくていいよ。あなたの見たいものだけを見つめればいいし、あなたの欲しいものだけを追い求めればいい。
 でも、現実には「ある」からね。
 これが、ここにいる私だ。全くどうしようもない。

 さて、これで人に愛されるわけもなし。
 もう何も叶わない。
 自暴自棄にはならないけれど、もういいや。
 なにも直らないし何も変わらない。


 心の貧しさの上に実際の貧しさが重なると相乗効果で負のスパイラルが加速。もう誰にも止められない。「同情するなら金おくれ」とか義理を欠くことが平気になるとか。
 でも仲間の金を借り倒すよりはマシだろ?そんな泥棒みたいなことは、しないさ。


 なんということ。10:00過ぎ、仕事中にギックリ腰発生。労災にはならない。
 現場からベースまでタクシーで帰る。1340円。そのあと整形外科で3100円。金がないと言った矢先にこれだ。明日、明後日は休めと会社から言われる。せっかく軌道に乗り始めた仕事、なぜ、身動きとれなくなる?人ばかりか天にも運にも見放されたか?
 この上、私にどうしろと?

 かろうじてYOKO号には乗れた。ほとんど歩けない状態で、本当に唯一の私の足。

 昨日も通院先の病院の予約に遅れそうになって走ったら、到着後に脱水症状で地面が揺れに揺れ、しばらく動けなくなる騒ぎを起こした。今日も整形外科で同じことに。そんなに干上がっているのか、私!?


 ペーパードライバーを返上してドライブを楽しむようになってから、考え出したのは「トイレ」の問題。男の人とは全く感覚の違う点のひとつ。
 一時期、HPにも「駆け込み情報」という、トイレポイントを集めたコーナーを設けていたほどだ(また復活させようかな。「入り」の情報は豊富でも「出」の情報は少ないと、食いしん坊の知人に評されていたし)。

 「大」は男性と互角として、「小」だけでもなんとかしたいと思っていたところ、スポーツドリンク系はがぶ飲みしてもあまり“催さない”ことに気付いた。それで30の携帯飲料はいつもアクエリアスかDAKARAなのだ。まーたそれかよ…という顔で見られたことも多々あるけれど、そういう理由だったのさ。
 男子と行動することが多いというより、それが100%な私としては、いかに「女の面倒臭さ」を感じさせないで済むかということを、いつも気にしていた…。
 だって、奥さんとか好きな子ならいざ知らず、ただついてきただけの女が、女だからっていちいち時間がかかってみなさんの足を引っ張ったりしたら申しわけないでしょう!?林道青空ランチの時など、おにぎり片手にお茶とか飲んでいるみなさんが羨ましかったけれど…(ゼロカロリーだし、でも、頻尿は煩わしいだけだし)
 ちなみに、ダンナだったkiriは、「髪の長い女性が好き」と公言していたので、温泉に寄った時は女性には最大「90分」をくれた。最初からそう言われれば、こちらもいかに短縮できるかを考えたものだし。

 今の仕事、朝8時出社で荷を積み込み、ベースを出たら1便終了して帰庫の最終時刻は14:00。荷の多いときはトイレに行っているヒマというより尿意を感じるヒマもない。大体、利用できるトイレ自体が限られているし(公共施設とか、格別にお取り計らい下さる、設備を持ったお客様とか)。
 繁忙期に入社したことはラッキーだと思った。だからなおのこと「戦力」になりたかったし、幸いにして、勤務中にトイレに行きたいと感じたことは入社以来今まで一度もなかった。

 「女だから」と思われるのは女なのだから仕方がない。

 しかし、どうなのだろう?と、思う。
 面倒を減らすため、ショートにしてしまったら…。
 宝塚の男役か、カールスモーキー石井かニューハーフになる以外ないと思う。女子トイレではやはり男と間違われて通報されるかもしれない。髪の毛ぐらい長くないと女だと判別できない確率が結構高いのだ。


 7月9日(金)

 時折、悲しさが波のように襲ってくる。
 突然、隣の車線の車が前に割り込んできた時のような。
 ぶつかるわけではない。距離はある。軽くブレーキを踏めばそれですむ。動揺するほどのこともない。
 対処、できる。
 大きな悲しみの前では些細なことに過ぎない。
 違う。
 悲しみの種類が違う。悲しさの色が違う。
 胸が爛れるような、目の前が暗くなるような。
 先週あたり、仕事中に、そんなふうに思っていた。
 昨日と今日は思わなかった。

 七夕の晩は、クリスマスやバレンタインデーよりも重苦しくはない。
 愛欲以外に日々思うことはないのか?(笑)

 それより膝。何ともないという診断は間違っていないだろうけど、実際に仕事に差し支えてはどうにもならない。気力はあるのだけれど、困ったものだ。

 ただひとり、心安らぐ存在。会いたいし、一緒にいられれば他の誰といるより嬉しくて愛おしい。その時の充実感ったら、ない…はずだろうと思う。けれど、どうなのだろう?
 本当に好きな人がいるなら、そのように思うのではないかと考えてみたけれど…。
 私には、そんな人がいるだろうか。
 逆に、私をそう思う人がいるだろうか。
 どちらもいない。
 今までを振り返っても、本当にそんなことがあったのかどうか、疑わしい。あったと思っていることも勘違いなのかもしれない。
 もしかしたら、そういう感じ方が間違っているのかもしれない。

 「あなたは人との関係のとり方が濃密過ぎるんではないかと思います。だから、人を追いつめてしまうのでは??そして自分も追いつめられていくんですよね。男女関係だととくに苦しくなりますよね。お互いに。」
 と、私をよく知る人に以前言われている。
 書かれている言葉とその並び通りの意味で素直に読めばいいのだろうとは思うのだけれど、それがどうにも難しい。たぶん、自分がしでかしてしまっていることをそっくりそのまま言われているだけなのだろうけれど…。

 欲深いのはさびしいから?
 …じゃあなぜさびしいの?と、原因を突き止めることには「意味はない」と精神科医に言われそうだ。
 原因を突き止めたいのは、見出した原因に罪を被せたいからだ。だから「意味はない」になる。
 それより、今、いけないこの「現状」を改善することに力を注がなければ。そのために原因探しが必要であるかどうかというと、やはり意味はないとしか思えない。あれはkiriの場合だったけれど、精神科医が言っていたことは正しいのだ。
 人は、私が思うようには求め合わないものらしい。もっとひとりでさばさばと生きなければならないらしい。その上でその状態に魅力を感じて惹かれあうものであるらしい…???という理解でいいのだろうか…。
 なんだかこれも正しくはないような気もするのだけれど…。
 違うな、まず自立ありきだ。

 要するに自立できていない大人の、たわごとというところかな。

 緊急事態に陥った。
 医療費12万、保険料3万を即刻現金支出しなければならなくなった。
 銀行の残高が12万と少々、郵貯が3万と少々、払ったら何も残らないじゃん。(笑)
 携帯料金も払えない。
 ガソリンも入れられない。
 外で暑くてのどが渇いたからといって自販機やコンビニで飲み物を買えない事態。20代の時、そんな時期があった。まさか40代半ばになって、また同じ状況になるとは。

 インコたちのエサはあと1袋買い置きがある。ゴムの伸びたパンツはがんばってもうしばらく穿こう。
 私の「在庫癖」はこんな生活から身についた。今使っているものが半分になったら次の物を買っておく。保存のきくものなら、特売の時に大量購入する。少量よりまとめ買いや大袋のほうが安いならそれを買う。だからエサもパンツも大丈夫だ。シャンプーや化粧品関係もチェックしておかないと。
 もしかしたら、戦国時代の籠城戦では役に立ったかもしれないな。(笑)

 kiriと初めてのクリスマスに買ってもらったティファニーのバードクロスペンダントも、結婚した年に1度だけ誕生日に買ってもらったアクアマリンのリングも、売っても2、3千円にもならないだろうし…他に現金化できるものは音楽CDだけれど、「米米CLUB」や「ダンスマン」なんて、買い取り拒否されそうだ!
 全巻揃っている「ギャラリー・フェイク」ももうピークは過ぎているし、あと売れるものなんて何もない。

 今の仕事の初給料日が8月25日。計算上、8万ぐらいはもらえるはず。
 ここまでジリ貧を放置してきたことがいけなかった。でも、雇ってくれるところだってなかったさ。今の仕事先は神様のようだ。というか、タイミングがおかしいくらいにぴったり過ぎ。だって、即刻払わなければならない任意保険の満期日が8月25日。
 5月17日の面接のあと、適性検査や健康診断や研修なんやかんやで初出社が6月21日だった。たかがパート社員に1ヶ月以上はかかり過ぎだけれど、大手企業にしては早い方だ。

 この流れを止めてはいけない。せっかく動き始めたこの流れを止めてはいけない。

 唾棄すべきことに、こともあろうに、生みの親が、邪魔をしてきた。自分の夫や自分の生みの親の介護のストレスを、自分が産んだ娘に、八つ当たりするのだ。この、私にそっくりな女親の股の間から生まれたことを、私は嫌悪する。ね、そっくりでしょ。

 天女のように優しかったり、立派なキャリアウーマンだったり、女手ひとつでとかいう、素敵なお母様をお持ちの方や、早い時期にお母様を亡くされて美しくあたたかい思い出しか持っておられない方や、今現在もお母様を尊敬されている方は、どうそ腹を立てずに右上の赤い「×」をクリックしてください。「お気に入り」に登録されている方は、削除されるのもよろしいかと存じます。
 「ファザー・ファッカー」があるのにその母親版がないのはおかしいでしょ。婆版もね。井上靖の女性観とか、どうよ。司馬遼太郎にも同じようなにおいを感じるけど。

 貧しいのは心だけじゃないんだぜ。(笑)


 7月8日(木)

 mixiアプリ「サンシャイン牧場」で咲いたヒガンバナが、好きで、収穫できない。
 咲いている場所もいいし、しばらくあのままにして眺めていよう。
 花言葉は「悲しい思い出」。
 それより、不吉なイメージ?


 1日150匹と決まっている「虫」を使いきれない。マイミクさんが少ないから。たまたまマイミクさんが“サン牧”をやっていない人ばかりであるのか、それともマイミクさんの絶対数が少ないのか。いや、みんな忙しいんだよ。アタシがヒマ人なんだ。
 大体、HPだのブログだの、毎日いろいろ書いていること自体がヒマな証拠。


 言い争いは自分が終えたいところで勝手に終える。
 自分の勘違いから起きたことで逆切れしても、自分が絶対に正しいのだとゴリ押しする、食い下がる。
 「でもさぁ」
 「だってさぁ」
 絶対に引かない。
 ほんの少しでも自分に正当性があると認めさせようとする、主張する。
 頭が悪いから他人の言葉が理解できないのだ。そも、自分が正しいのだから他人を理解しようなどという気ははなからないし。
 これ、遺伝。
 全く悪いところばかりが似る、と言うより、美点があまりないのだから継承のしようもない。


 7月7日(水)

 花言葉など、調べてもろくなことがないのが普通だけれど。
 どうせがっかりするのだと、それを確認するためにやはり検索してみる。


 7月6日(火)


 「アガパンサス」。
 ユリ科らしい。彼岸花の仲間だと思っていたのに君子蘭のそれだったらしい。
 この時期、すっと伸びた茎の先にすがすがしい万年筆の青っぽい色の花を咲かせる。
 青はわりとよく見られるけれど、白もある。
 この白花が実に美しい。
 青花だって見過ごせないほどにきれいだけれど、生まれ変わるなら命短くともこの花にと思うほどに、この花の白は、美しい。



 (マウスオンで写真がチェンジ)
 そういえば、大好きな「シャガ」の花も、白と紫と、ほんの少しの黄だ。
 「ギャラリー・フェイク」のフジタが好きな「ナツツバキ」も白くていい。「ヤマボウシ」も「沈丁花」も白がいい。「彼岸花」の白は庭に植えようと思って苗を探していた。
 清楚なイメージといえば「カスミ草」。でも、いいよ、私は、そうでなくて。



 (マウスオンで写真がチェンジ)
 今日も横浜は晴れ。朝早くは少し降ったりしても、昼に近付くにつれ青空が広がってくる。先週からずっとこの調子だ。他の地方で大雨が降り続いていたり、大変な夕立ちや雷に見舞われているなど信じられないような天気。能天気。外洋に直接面しているわけでもない、湾の中の海っぺり、横浜。気候温暖な特殊な町。
 ちなみに、去年の梅雨明けは7月14日(火)だった。


 白と水色に黒斑のハルクイン種かな、セキセイインコを捕まえる夢を見た。仕事中で、外を走りまわっているときだった。どこかで会ったことのあるような知っているインコのような。いちど手の中から逃げた。追いかけてまた捕まえた。連れて帰ろうと思って、空き段ボール箱とかを探したけれどコンビニ弁当とかの容器しか無くて、寿司折り箱みたいなのに入れたところで目が覚めた。
 去年の7月6日にも鳥の夢の話を書いている。何だろうね。


 膝は、大丈夫だった。字面をよく見れば大いに丈夫。原因は、単なる「使い過ぎ」。この2週間ほどで急激に症状が悪化したというのは、要するに仕事が原因。重量物持ってマンションの階段駆け上がったりとか、歩き過ぎ。いちばんいいのは仕事をしないことだけれどそういうわけにもいかないでしょ?と崔先生。
 こんな私を採用してくれた会社。まだまだわからないことだらけだけれど、戸惑うことばかりだけれど、なんとか行っている。みなさん親切だし。私が諦めなければ、なんとかなるかもしれない。まだここにいたいし。みなさんの笑顔がしっかり思い出せる。どうしようもない私だけれど、まだ、置いてもらえる気がする。
 小さなおもちゃを届けたおうちの小さな女の子が、「バイバイ」と小さな手を振ってくれた。あの子の目に、私はどう映ったのだろう?

 「安くない(料金)ですけど、この仕事量ならまあそんなもんかとは思いますけどねぇ…」
 「(外部の人から見て)この仕事って、どう見えますか?」
 「30さん、この仕事は初めてですか?(上司の)〇〇さんから、『30さんはプロフェッショナルだから』って言われたので、期待してますよ!」
 「大変でしょう、この仕事。暑いし疲れるし」
 …11日間で4人のドライバーと1人の台車担当さんと一緒に仕事をした。初めての職種。プロフェッショナルだなんて、冗談だ。
 確かに暑い。でもそれは季節のせい。忙しいのはやる前からわかっていた。だって、この仕事の人たちはいつでも忙しそうに走り回っている姿しか見たことがないから。重いものも持つし、疲れるし、それでも、忙しければ余計なことを考えるヒマがなくていい。忙しいので仕事以外の話などするヒマもない。それがいい。ふざけたり怠けたりすることもなく、時間があっという間に過ぎる。
 18歳で免許を取って、配達の仕事に応募したことがあった。その時はどういう理由でか採用されなかった。免許は「ある」というだけの取り立てだったし。その後、車の運転からは遠ざかった。
 33歳のとき、思い立ってペーパードライバー教習に通い、軽自動車を買った。
 自由に移動できる「足」が確保できたことで、遠くに住む人を訪ねることができたりして、一気に世界が広がった。
 44歳にして、運転を仕事にしようと考えた。でもやってみてわかった。この仕事は「運転」がメインなのではなかった。


 7月5日(月)

 (マウスオンで写真がチェンジ)
 いつもの海。お気に入りの場所。ここで海風に吹かれながら爪を切る。




 昼過ぎに磯子の海辺にいて、梅雨らしからぬ青い空と雲に心動かされて、一旦家に帰って昼飯食って、まだ空が青くて出かける気力が萎えきらなかったので走ってみた。
 着いたのはちょうど15:00。すぐ来られる。あとでまた思ったけれど、これまたすぐ帰れる。
 今日は白バイ日和で、田浦の4連トンネルの中ほどで左のミラーにチカッと光るものが?と思った数秒後には、もう右半身手前に白馬の騎士が。でもそれで4台目だったので別に焦りもしない。手前でネズミ捕りもやっていたしパトカーも2台見ていたし、今日はいつも以上に出るぞと思いながらいつも通りに走っていたので。そして走り去った4台目はトンネルを出た先でサイレンを鳴らして赤い車を停めていた。あらら、と思って通過すると、すぐ前方から2機編隊が。多過ぎるぞ、今日。


 7月4日(日)

 今日仕事上がって勤務表を見に行ったら、明日あさってと連休になっていた。と、いうことは、次の土日も出勤なのか?


 ボーっとネットサーフィンしていたら、
 「あんなデカパイ俺に扱えるだろうか」
 とか書いてあるので、何の話だオイ!?と思ってよく見たら「デカイバイク」だった。大型2輪の話ネ。
 ティターンズのマラサイもなんかヤバい名前じゃね?と思った時期があった。もう、そう?(-_-;)


 「やっぱり、思ってくれる人がいちばん大事だから」
 という言葉を、今でも覚えている。
 その人は、私を好きにはなりきれないと言っていた。
 でも私は、好きだった。全面的に好きだと伝えた。
 それでも付き合い続けて、一緒に旅行に行った。でも、奥ゆかしいその人は3日目まで何もしなくて。
 旅行から帰ったあとに言ってくれたこの言葉。
 したら、愛おしさが発生したのだろう…。するというのはそういう効果もあるもの。
 けれど、発生した気持ちも、一時的だった。
 私が大事な人でなくなるのに、そう日はかからなかった。

 思ってくれる人が大事だというのは…ずいぶんと無責任な言い分ではないだろうか。自分も好きだと思ったから、ついそう感じただけだろうのに。
 あれは、平凡なあの人の、平凡で平和な、ごく普通の発想が言わせただけのことだったのかもしれない。

 ものすごく普通で平凡な、平和なその人が、とても好きだった。
 もう、16年も前に終わった話。


 見続けている景色。
 追い続けている人のことは、大好きな景色と同じようなものなのかもしれない。例えて言えば山梨の林道。そこに住めることもなく、たまに訪れるだけで、永遠に憧れ続ける。

 景色は景色でしかないはず
 なぜ、景色の記憶が、温度を伴っている?
 景色に温度などない。ましてや、心臓の鼓動や抱きとめてくれる胸の温かさなど、あるわけがない。
 kiriの記憶にすら全て温度がないのに、なぜあなたの記憶には生々しい血のような色と温度が伴う…。
 爪の色まで、くっきりと。


 賃貸物件を選ぶなら雨の日に行けとよく言う。天気のいい日だとどんな物件でもわりとよく見えてしまうから、条件の悪い雨の日のほうがより正確に判断できるということらしい。
 また、その町を自分が歩いていたり、買い物をしたりする姿が想像できるかどうかを考えてみろと言う。想像もできないようなら、その町には合わないということらしい。
 天気のよくない日に、その人と一緒にいる姿が想像できるか…。
 一緒に町を歩いたり、買い物をしたり、食事をしたり、映画を見たり、服を選んだりしている姿が想像できるか。
 …無理だ!…絶対無理だ。
 一緒に買い物も食事も出かけたこともあるけれど、今じゃもう無理だ。怖いだけで。
 やっぱり、あれはただの夢だったのだろうか。


 全てが、私自身の欲と願望が生み出した悪夢。


 抱きつく夢を見た。抱きしめられたいかららしい。なるほど夢診断。


 mixiアプリ、サンシャイン牧場の7月イベント「短冊を集めよう!!」…やっぱりな、と思う。星に願いを、か?何願うことなどある。父の延命祈願か?職場の雇用継続か?
 このクソ暑い中、手をつないで歩くカップルを見ないですむよう、願いたい。


 スタイルのいいきれいな子が増えたと思う。私の若い頃はそんなにどこにでもはいなかった。ところが最近は子供を連れた普通のお母さんでもびっくりするぐらいにスタイルがよくてきれいでおしゃれだ。そりゃあそうだろう、彼女たちは私よりも15歳~30歳は若いのだから。
 四半世紀も前は、私だって曲がり角より前の光る肌で若さの漲るはつらつとした容姿を持っていた。中身の無い分、それだけがウリだった。なら、そのウリが失われてしまった今、中身の充実も無く腐った干物よりもたちの悪い故障だらけのこの悪魚はどうすればいい。
 漁港の建物の裏口あたりに置いてある「魚腸骨容器」を見たことがあるだろうか。いずれ、ああなる。


 7月3日(土)


 NECとコンタクト成功。しかーし、依然改善せず…。何かのプログラムが邪魔をしているらしい。今日の担当関西訛りの彼女はなかなかのテキパキさんだった。


 膝が。困った。新しい仕事を始めてからさらに悪化。左の膝というところがなんとも…。まさか、こないだ山道でやったやつが今頃なんて…言わないよネ!?(^_^;)
 月曜はやっぱり整形外科かな…。
 馬のクセに足を悪くしてどうする。他にも悪いところがあるってーのに、あちこち故障が出てくるのは都市のせいなのか。横浜は渋滞が多いし。じゃなくて、齢のせい。でも、柔らかい土の地面を踏んで歩くほうが体にはいい気がする。
 今日天国へ旅立ったというオグリキャップも足を骨折したからだと聞いた。
 丙午なものだから何かと馬呼ばわりされることの多い私だけれど、今年は春先から足の故障がこれで3件目。
 飛べねぇ豚はただの豚だそうだが、走れねぇ馬にでもなったらどうする。


 2輪免許を取りに教習所へ行った時、400ccバイクの引き起こしというのをやらされた。重かったけれどまあ一発で起こせた。「体格的にも30さんなら大丈夫でしょう」と微妙な言われ方をした。あれができないと入学させてもらえないのだとあとで聞いた。
 今度の仕事は30kgの米袋を持ち運べるかどうかという入社試験があってもいいのではないかと思った。あ、男子なら誰でも持てるか。でも、女子だと無理な人も…。
 またもや見かけで判断されたか、アタシ!?


 1日置いてまたバイク仲間複数が登場する夢。このところ全く見ていなかったのに、何だ。7月は夢月間か?出てくる珍しいアイテムが示唆するものが怖い。


 7月2日(金)

 基本土日休みで申請してある。でも遊軍扱いで結構ですと言ってある。忙しかったり、急な欠員が出たり、そんなときでも電話1本でできるだけ対応しますと。そうしたら早速。7月は繁忙期ということで、今日出勤したらばこの土日出勤が決定していた。それって、7日間連続勤務じゃん。(^_^;)
 ま、別にいいけど。なんとか体力、持っているし。




 …この手のメッセージがあと何通りか、ほぼシャットダウンするたびに、毎回、出る。
 何なんだ。
 NECの「121コンタクトセンター」(0120-977-121)に電話してみる。PC購入後1年未満は無料、2年目以降は有料というサービス。常に混雑しているようで、かけると最初に混雑状況の説明がある。比較的すいていると言われる15:00~17:00にかけてみる。しかし、以前3回ほどかけたときは3分ほどの待ち時間でつながったが、今は10~20分待ってもつないでもらえない。
 「お客様情報を確認いたしました」
 というメッセージが途中で流れるところからして、発信者番号でどこの誰で何度問い合わせているかは把握されている模様。ということは、クレーマーとしてグレーかブラック扱いにされている可能性もあるわけか。それほど面倒な問い合わせをしているとも思えないけれど。
 「Becky!」だってアンインストール&再インストールし直したし、問題発生前後に新たにインストールされたと思われる怪しいプログラムも削除したし、「スタート→検索→msconfig」でスタートアップのチェックもした。
 お願いだ、NEC。私だけが顧客でないことはわかっている。でも、電話がつながらなくて諦めたのは今日で3回目だ。ずっとこれで困っている。大枚はたいて買った、友人たちと繋がるための、私の生命線だ。NECの最新型PCが動作不良など起こしてはいないと証明してくれないだろうか…。
 他人をあてにせず自力で何とか回復できないかと調べてみてもいる。そうしたら、こんなものがあった。
 http://www.tohdamikio.com/2008/04/post_0381.html
 …確かにね、「Microsoft Office IME 2007」はおかしいとは思っていた。母専用機VAIOがこいつのせいでものっすごく動作が遅くなって困って、結局ただの「Microsoft IME」に戻したのだった(勝手にインストされて動いていたのがさらにタチ悪い)。
 文章を打つことの多い30としても、このところ変換の時に出てくるウインドウなどにかなりの不自由を感じてはいた…。便利になったはずがかえって不便。だったら前のままでいいじゃん!ということに、なる。


 「はやぶさ」に、泣いた?
 宇宙の彼方でもないイトカワへ、運命背負ったわけでもなく数年前に旅立ち、必ずここへ帰ってくると手を振る人に笑顔で応えたりもしなかった…「はやぶさ」。
 でも、30は、泣ける。日本の宇宙開発に携わる仕事をしていたkiriと、今も一緒にいたなら、必ずふたり並んで食い入るようにTV画面に見入り、クライマックスでは寄り添い、手を取り合ってはやぶさを悼んだろうと思う。kiriなら、kiri妻であった私なら、そうしたと思う。


 どうしていたらよかったのか。思う。でも、今が全てだろう。
 結局こうしているというのが、今。
 振り返ったって仕方がない。
 今から、これから、どうするか。ほら、秒針は動いているよ!例え病身でも動かなきゃ!動けるうちに、人は動かないと。いつか永遠に動けなくなる日が来る。それまでに。


 7月1日(木)

 何かが気になって目が覚める。3:48。窓外のカラスがうるさいからか。


 1997年、水俣湾の仕切り網が撤去されて24年間有害とされてきた海産物がその日を境に安心して口にできるようになった…というニュースがあった。その時仕事をしていた会社の昼休みで、ちょうど社食のTVの前を通りかかった所長が、
 「きのうのさかなと今日のさかなとどう違うんだよ!」
 と言い放った。

 6月は終わった。けれど昨日と今日、どう違う?
 有害な魚になってしまった私の毒素は、抜けない。
 もらった毒ではなく?…自分の中で生成している。



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